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御湯神社での縁。「朗読と音楽 奏で」

 御湯神社(みゆじんじゃ)のご本尊は4柱ある。大巳貴命(おおなむちのみこと)、つまり大国主命(おおくにぬしのみこと)とその妻八上姫(やかみひめ)、またその子御井神(みいのかみ)、元は別の神社に祀られ、合祀された猿田彦命(さるたひこのみこと)の4柱。

 今回の「朗読と音楽 奏で」(岩美まちづくりの会主催)で度々キーワードとして私の頭に浮かんだのは「縁」であった。「縁」と言っても、その時は気づかないのだが、あとで「縁」だと思えるものもある。そうした縁が、1200年の時を経てよみがえったような一日だった。

 現在の宮司小田哲郎氏は、私の通った岩美中学校の当時の音楽の先生であった。ここにも縁がある。

 かつて大国主命は、海岸で1羽のウサギを助ける。実はそのウサギは八上姫の飼いウサギだったという説がある。言い伝えの真偽はわからないが、あとで縁だと気づく。気づいたときにはウサギはもうそこにはいなかっただろう。大国主命と八上姫は多くの子をもうけるが、大国主命が出雲での国造りのときに妻となったスセリヒメは嫉妬深かった。八上姫は子どもたちを守るため、スセリヒメの迫害を恐れて因幡の国に帰ってしまう。

 伝承には諸説あるが、物語が生まれた背景には、縁によって結ばれた、今となっては無名の実在の人物がいたのだろうと思う。開け放たれた神社の中から外を見たときに、境内の東側にある稲荷神社の白狐の1体にずっと見つめられている気がした。その狐は「今、ここにある縁も、あらたな縁となる。」ことを語りかけてくれているようだった。

 今日は、夏のような青空だった。地元の小学校は明日日曜日が運動会らしく校庭にテントが準備されていた。朝のうちはまだ水田に人影は少なかったが、夕方には田植えが終わり、水が張られた水田がちらほら見えた。今日の一日で田植えをしたのだろう。明日も田植えは進むはずだ。

 ぽんかん。は今日ここで音楽を奉納し、朗読の代わりに宮司の「誰にでもわかる神様の話」を聞いた。終演後は、社務所を借りてお茶席をもうけた。みんな楽しそうだ。谷口尚美さんの差し入れのまんじゅうはすぐになくなった。いい縁をいただいたのだと思う。縁は無理に作る必要はない。大国主命は柔らかくも優しく、思慮深い神だったから、国造りの神となれた。この縁をただありがたく受け止め、ただ人の思いを大切にすればいいのだと思う。ひゃひゃあ、これはこれから楽しみだ。

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歩きだす名前

 人は、生まれてすぐに最初の名前がつく。そして、死ぬまでにいくつもの名前を身につけていく。男、女、誰かの子、兄弟、生誕地、学校、あだ名、会社、役職、資格、団体、勲章、戒名・・・。

 岩美の人は、見知らぬ人を見かけると「どっから来なっただ。」「あんねのもんか。」と聞く。お礼を言うときも「どこの誰かは知りませんが、親切にしてくれてありがとう。」とは言わない。まず、どこの人か。知っている人の身内かどうか。それが気になる。本当に気になるから聞くだけで、まったく悪気はない。

 三十歳頃に東京から練馬ナンバーの軽自動車で帰ってきた。近所の小学生に「おっちゃん、また来ただか。」と毎日言われた(笑)。何ヶ月後かには「おっちゃん、いつ去(い)ぬるだ。」と言われた(泣笑)。自宅で仕事を始めてもう18年目になるが、未だ親戚や近所の人には「今日は休みか。」と言われる(脱力)。出張専門にやっているため、看板を出していない。だから、本当にそう思うから言うだけで、まったく悪気はない。

 人は、どうして名前を欲しがるのか。どうして名前ではなく、そのままの人の心を見ようとしないのだろう。歩きだす名前に自分を預けたくはないと思う。

こんな日々を過ごしたい

今日の保育所での演奏は、楽しかった!新しくて広い郡家東保育所での訪問演奏でした。
体育館のような広い遊戯室。長方形の長い方にステージがある。音響マイクなど持っていって、美味しいお昼ごはんをいただいて、午後地域の指導員の方の講演を聞いて、おやつタイムがあって。
いつもそうだけど、最初は割と静か。歌っていいんだよって言ったもんだからあとは弾けた。でも、保育所はこれでいい。とても元気な子どもたちだった。

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感想(6件)

今使っているkoboが壊れた。これって修理には対応していないので、買い替えるしかないそうだ。電子書籍リーダーとしてはかなり大きな約8インチのkobo aura one、しかも、防水。お風呂でも読書ができる。