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聖神社にて

音楽のパートナーTさんが先日新しい財布を購入されました。ぼくはというと、今持っているDakotaの黒財布が気に入っていたので、新しく購入するつもりはなかったのです。

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感想(30件)

この財布は、使い始めて2年くらいで、なじんで味が出始めたころですよ。

それが、どうしたわけか、ぼくに偶然の出会いがあって、次に買うことになる財布と出会ってしまったわけです。

わかりにくい話ですが「これは今、この財布を買っておくべきなんだな。」と思う出来事があったというわけです。

いわゆる「縁」ってやつです。

人は、縁によって生かされているわけです。その縁を活かすかどうかは、その時のその人の判断に任されます。

縁によって、その後どうなるのかが変わります。人は「運命」と言ったりもしますが。

この財布、高いし、大きいし、必要ないし・・・。と考えるのが、思考のブロックです。そうやって考え始めると、縁を感じたその時の感覚はもう忘れているわけです。

ぼくがその財布と出会ったことを知ったTさんたちが、その縁を後押ししてくれました。

そうして、ぼくは、縁を感じた感覚を思い出して、買うことにしたわけです。

これがそうなんですけど、ベルトの模様です。

メーカーのロゴの入った、チェーン・アクセサリーがついています。

Tさんが中にお塩をひとつまみ紙に包んで入れてくれました。

そして、ぼくも少しおまじないをすることにしました。

昨日買ったばかりの、この財布を鳥取市の聖神社にお連れしました。

黄色いカエルの布で包んで、さらにその上に、黄色いアンダラさんを乗せます。

こうして、聖神社にお参りしてきました。

聖神社だけではなく、よくあちこちの神社にはお参りします。

素敵な出会いにただ、感謝です。

今はまだ、ただ持ち歩いているだけです。もう少し、オマジナイをして、11月8日新月の日から使い始めることにします。

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チック・コリアin松江

今日(2018年10月20日)は、娘と松江まで行ってきました。

自宅から2時間ちょっとかかります。遠いですね。

せっかくなので、早めに行って、島根県立美術館にも寄ってきました。

美術館では、松平不昧(ふまい)公のコレクションの数々と常設展を見てきました。

昨日が雨でしたので、天候を心配していましたが、晴れてとてもいい天気でした。

今日のお目当ては、島根県民会館大ホールでの、チック・コリアのコンサートでした。

ピアノのウィングは最大に開いていて、高い位置に、2本のマイクが背の高いブームスタンドでセットされていました。

英語でご本人が話す内容は半分くらいしか理解できていないので、確かではないのですが、今回のツアーは録音して、CD化されるようです。なので、そのマイクは録音用だけで、客席から聞こえるピアノの音は、ほとんどが生音だけでした。

1曲目はモーツァルトとガーシュインが融合したような音楽でした。

二人の作曲家からインスピレーションを得て、インプロヴァイズするみたいなことを言っていたと思います。それがコンポーズすることだと。勝手な翻訳で、違うかもしれません。

チック・コリアは、とてもラフなスタイルでした。ナイキのスニーカーでしたし。

とにかく、音がきれい。音楽を聴きながら、清流が流れているように感じます。音のつぶつぶが光っている、そんな感じです。

2部ではピアノの影に隠してあった椅子を自ら、ピアノのそばに置いて、「What is this?」といい、話し始めます。

絵を描く人は、「肖像画」を描く。
写真家はポートレートを撮ります。
音楽で、同じようなことをやってみたい。
たぶんそんなことを言っておられたと思います。

客席に呼びかけて、手を上げた年配の男性がまずステージに上がりました。

ピアノのそばに顔が向き合う形で座ってもらい、その人をピアノごしに見るようにして、即興演奏が始まりました。

即興で描く、音楽の肖像画です。美しいけれど、少し難解な感じがしました。

今度は若い女性がいいと、手を上げてもらいます。

さっきよりたくさんの方の手が上がりました。

あなたは違う。と言われた方がおられました。若くなかったのか、男性だったのかは、よく見えませんでした。

2人目は二十歳かひょっとしたら、もう少し若いような細身の女性でした。

確かに奏でる音楽が違っていました。

透明感に満ちていて、非常に美しいシンプルなメロディでした。

今度は、連弾で共演したいといいました。なんて無茶なことを言うんだろうと思ってました。
それでも、ピアノの弾ける人に手を挙げてもらい、2人の男性がかわるがわるステージに上がりました。

それぞれ、エキサイティングな演奏でした。面白かった。すごい。

子どもたちのための小品を書いたというようなことを言い、全部はやらない、20曲のうちのたった(オンリー)3曲を演奏するといいつつ、結局12曲演奏しました。

1曲1曲、恥ずかしそうに指で「何曲目」というサインを作りながら。その度、客席も温かいかすかなどよめき。うん、いいんだよ、好きにしたらいいんだよ、という雰囲気。

アンコールは、ニューバージョンの「スペイン」でした。ロドリーゴのアランフェスのテーマが延々と続いた後、印象的な手拍子のあるフレーズが始まり、最後はスタンドオベーションでした。

いやー、楽しかった。

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お金を洗ってみた。

よく、神社に行くので、いつも小銭を持つようにはしているんですが、昨日は倉吉の賀茂神社の手水のところでお金を洗ってみたら、なんか楽しかったんですね。清々しいというか。

それで、今日は、どこの神社に行くかはわかりませんが、朝、お金を洗ってみたんです。

その写真がこれなんですが、すごく輝いたんですね。これはもっと楽しいじゃないですか。

キラキラ、わくわくの写真です。

お金を洗ったことで、単なる数字のついたモノじゃなくて、意味のあるお金に変わった瞬間です。

これが伝わらないわけがない。

このお金を神様に届けるのが楽しみな、朝です。

シンプルに生きる。

生きるって、もともとシンプルなこと、なんだと思う。

食って寝て、闘って奪われて、傷ついて慰めあって。

それで、死ぬ命もあれば、生きながらえる命もある。

運がいいとか、悪いとかっていうのも、その人がそう感じるから、そうなのであって、いいか悪いかさえ存在しない。

あるのは、縁。

それを、つなぐのも、つながないのも、自由。

常に意思を持ち、責任を持ち、流されないこと。

意思とか、責任とかって硬く考えると、難しいって思うんだけど、それもシンプル。

当たり前に、今を見つめること。

できないと思った瞬間に「できない。」が目の前に現れるだけ。

できないを選んでいるのも自分だということに、ぼくは以前は気が付かなかった。

ただ、生きる。

シンプルに生きる。

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ただそのままを活かして、生きること
私という現象を生きる
あと100年、生きる。
心を動かすもの〜デモでも鉄砲でもなく〜

心を動かすもの~デモでも鉄砲でもなく~

この前、誰かに「趣味は?」と聞かれたんだけど、音楽を“なりわい”にしている今、「あれ?趣味がないな。」と思う。

ぼーっとすることと、お酒と、美術鑑賞かなぁ。それって趣味、かなぁ。

酒は、飲める人なら、誰でも好きだよね。趣味、じゃないよね。

以前は250CCのオフロードバイクに乗ってた。

行く先々で、イタリア製のオフロードブーツのまま、山に登ったり、

あと、10年くらい前まで市民マラソン大会で5キロ、10キロを走ったりしてた。

今は「散歩」程度だなぁ。それも数十分。時間の空いた時に。健康法みたいなもんだね。これって、趣味じゃない。

してみると、やっぱり美術鑑賞かな。

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鳥取県立博物館ってとこで、今「土方稲嶺(ひじかたとうれい)」の日本画展をやってるんだ。

その話、あちこちでするんだけど、反応が薄いね。

水墨画とか、古い日本画に興味がないみたい。

ひじかたっていうと、としぞうですか。って聞かれる。

あ、まー、そうね。そうなるよね。だわねぇ。

稲嶺のお師匠さんの宋紫石(そうしせき)さんの名前は知らなくても、当時、親交があったのが、円山応挙に谷文晁となると、見方が違ってくるわなぁ。

近所の人でもさ、なんか有名な人と知り合いってだけで、へえーってなったりしない?

アーンド、伊藤若冲と同じ時代に京都で絵師をやっていたということも、かなりのインパクトだわね。

そうなのよ。人って、名前、ネームバリューに弱いんだね。

で。

えっと。この人の絵、大きな屏風絵もたくさん描いていますが、掛け軸などは、はっきり言って、かなり地味です。

間違いなく、すごいんですよ。

このすごさに派手さがない。

薄墨で濃淡を描いて奥行きを出すのが得意です。

今のマンガでスクリーントーンってあるでしょう。ああいう感じです。

何種類ものスクリーントーンを使い分けて、立体感を出すんです。

それから、今回の展示の目玉はなんといっても、襖絵です。

そのまま部屋の中で襖絵に囲まれて、部屋を移動しているような、そういう展示方法です。

やっぱり薄い絵です。

でも、ぼくは、落ち着くんです。

そして、この襖絵。もともとは、お寺でボロボロに虫食いになって、汚れて変色していたものなんです。

それを執念とも言えるくらいのち密さ、丁寧さで修復をしているわけです。

ここ、なんですね。心を動かされた人がいて、修復された絵が、見事によみがえっていました。

空間も時間もそこには存在しないかのようでした。

稲嶺自身、名があること、無名であること、どちらにもこだわっていなかったんだと思う。

たくさんのお弟子さんを育てられたことでも後年有名になっています。

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デモや鉄砲では、人は動かない。

何が、どう伝わるのかが、時間も空間も大きく隔てて、意味をもつのだなと実感しました。

演劇を観た!

今日は、午後からオフでした。

世間的には、連休の最終日で、台風のあとの秋晴れってことで、うっかり鳥取砂丘周辺をクルマで走らせたら、クルマも人も混雑してました。

横断歩道で早めに停止して、渡る人を待つ、ゆとりドライバーです。←ちょっといい人ぶってる(^^;

午後もオフと言いつつ、1時間ほど仕事をして、夕方仮眠をとって、近所のコンビニで寄って、トイレに駆け込みます。

習慣的に、トイレではチェック程度にスマホを見ます。

Facebookに「はまべゆかりのとっとりワッショイ」を観たという友人の記事を見つけました。

今日も全力でワッショイします!!
13:00と17:00の2ステージです!
お席まだあります!!!!!
飛び込みも可!です!!

って書いてありました。

時計を見ると、16時20分。

パレットまで、クルマで、約30分の距離です。

飛び込めそうだ・・・。

コンビニで買い物をしないで、直行でした。

パレットとっとりに着くと、駐車場に1台もクルマが停まってません。

会場入口の看板には、本通りパーキングの方がおトクですって書いてあるじゃないですか。どうやら、そうらしい。

まあ、もうすぐ始まる時間だし、そのまま会場に入りました。

入り口に二人の女性がいて。

一人目の方が、ぼくの名前を聞こうとします。

見ると、名簿に名前がぎっしり。ほとんどが予約らしかった。

「すいません。予約じゃなくて。」

もうひとりの方が、「会場は、指定席で。」

って言われて、ドキッとして、チケットを見ました。

「すいません。指定席ではありません。空いている席にどうぞ。」

ホッとして振り返って見たせいか、いや、そのせいではなくて、その人、なんかいい笑顔でした。

50席あるかなぁ。ホールの前の方だけ、パーテーションで区切って、ほんとにこじんまりとした会場で。

30席くらいが埋まってただろうか。

出し物は3つ。おもしろかった。『サークルマート』、コンビニ店長やばい!

『ルームシェアの法則〜アナザー・ストーリー』、うん。こういうすれ違いってあるね。うんうん。わかるよ。

『ニックネーム刑事』、笑ったわ。おかしかったなぁ。ヴォシュレット! でもちょっと、ドラマもあって。

舞台転換のときのほっとした役者の表情も、いいなぁ。

時折(けっこう?)、アドリブってわかるやり取りもありました。そういうときに生の舞台ならでは「素(す)」も出るんだけど、ふだんからキャッチボールしてる感じも伝わってきて、そこにぐっときたりもします。

基本、コメディタッチなんだけど、テンポがあって、すとんと伝わるものがあって。

何より、大道具やセットにお金をかけてない(かけたいんだろうけど)、生身のお芝居がこんなに身近に観られるって、わぁ、うれしいなぁ。

鳥の劇場にもたまに行くことがあって、それは楽しいし、それぞれの良さはもちろんあります(何だか、上から目線だわ)。

とっとりワッショイ、すっかりファンになりました。「観る」というより、自分自身も含めて、そこに「いる」って感じるのがエネルギーだし、パワーなんだな。

まあ、とにかく、次も行きたいな。よかったわー。というハナシでした。

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物欲が、ない!

ざあっと、ふとまわりを見渡すと、ぼくは既に、モノにあふれ、モノに囲まれた生活をしています。

だから、満ち足りているから、ということになるんだろうけど、最近、物欲が、ない。ということに気が付いた。

逆に言うと、つい最近までは物欲のカタマリだったようだ。

これまでが、足りなかったわけでも、飢えていたわけでもない。実際、状況が変わっているわけじゃない。

けれども、そういうことに気が付いた、というハナシです。

で、これまで。

あ、これ欲しい。と思うと、いろいろと計画を立てるわけです。

いろいろ調べたり、見に行ったりする。手に入れたことを何度も想像します。妄想ですネ。

実際に手に入れるまでは、それが案外楽しかったりするから、自分が物欲のカタマリになっているとは思わない。

欲しいと思うのも、いろいろ理由を見つけてくるわけなんです。

必要だから、欲しい。という理由がいつも、いくつもあるわけです。

その必要だから、という部分も、自分で絞りだして作っているのにぜーんぜん気が付かない。

そうやって、ヒマをつぶして、忙しいと言っていたことにも、気が付かないのね。

その頃の自分(遠い目・・・)って、いつも常に足りない、出来ていない。って思っていたと思う。

足りないから、出来ていないから、モノを求めてた。

パソコンにデジカメ、タブレット、ヘッドセット、iPhoneに、Apple Watch、えとせとら。
クルマに、なんやかんや。
新しいメガネにスピーカー、いいなあと思うもの、すべて。

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東京にいたころは、グラスを集めてた。

白ワインはこれ、日本酒はこれ。
おちょこは、これ。
コーヒーはこれ。
水割りはこれ。
オンザロックはこれ。

それは、それで結構満足してた。

30年前、引っ越しの時に、ぜんぶ捨てちゃった。

今、手元にあるグラスは3つしかないよ。お客様用は、いろいろあるけどね。

今は、整理したいって思ってる。

足りない、出来ていないって思わなくなった。

出来ていようが、出来てなかろうが、そのままでいい。

そう思えるね。それがやっと、シアワセって思えるね。

9月17日93歳の青年

今日がどんな日だったかを手短に書いておこうと思います。

午前中、パソコンのレッスンでした。いろいろやりました。「いろいろなことを、その都度やる。」ここでは、いつもそういうレッスンです。レッスンもいろいろです。徹底的に同じことを時間をかけてやることもあります。それは、パソコンの場合も、オカリーナやほかの音楽レッスンの場合も、同じです。ぼくに求められていることに対して、応えていると、自然そうなります。

午後、訪問演奏がありました。鳥取市国府町の「和みの郷(なごみのさと)」というところです。敬老の会みたいなのがあって、30人くらいのお年寄りの前で、オカリーナ教室の生徒さんたちと一緒に演奏してきました。とても93歳とは思えない、若々しい「青年」がおられました。人間、年齢ではないのだなということを改めて実感させられました。
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オカリーナ教室の生徒さんの一人は陶芸をされる方です。近くの公民館(コミュニティセンター)で陶芸の作品展があるということでしたので、訪問演奏に行った生徒さんたちと陶芸の鑑賞会に行きました。鳥取は自然も、人も、それぞれの文化も素晴らしいところです。見応えがありました。作品の作者ご本人もおられるので、許可を得て、椀やら、皿やらを手に取らせていただきました。見てもよし、手触りもよし。さまざまな趣向も感嘆しきり。

夕方はパソコンサポートに行きました。エクセルとCD作成でした。手順の説明と、質問に対する回答をします。スムースにいき、その後もうまく行ったよとLINEでメッセージをいただきました。ここは、しばらく安泰です。

岩美町に帰り、ジュンテンドーで大きめの滑り止めシートを購入しました。トランクスペースにひいて、ギターケースがコトコトクルマの荷室で動かないようにするためです。クルマの使い勝手がまたよくなりました。

電気で走るクルマ-日産セレナe-power

知り合いがそばにいるところでクルマを発進させると、この大きな車体がほぼ無音で動き出すのに驚く。

セレナe-powerは、完全に電気で動く、モーターで走るクルマだ。

じゃあ、充電スタンドで充電するかというと、それはない。走りながら、発電用のガソリンエンジンで充電する。

セレナe-powerは、2018年3月に出たばかりだが、以前ノートe-powerが発売されたとき、「これはいいナ。」と思った。

ハイブリッドとは違う。外部から充電の必要な電気自動車でもない。

ノートの場合は、発売当初は、既存の同じデザインのモデルにe-powerのエンジンを積んだので、開発コストをかけられなかった苦肉の策で急ごしらえで作られた中途半端なクルマだと言われた。

電気モーターやバッテリーに関しては、リーフで培われた技術が使われている。

外部からの充電の必要がないので、極端に大きく重いバッテリーは積む必要がない。

それでもセレナの場合は、車体が大きいので、ノートより若干バッテリーは大きいらしい。エンジンが動いてなくて、電気のみで走ることのできる距離、時間がたっぷりある。エンジン音も速度に関係なく大きく変わらないので、動いたとしても、とても静かだ。

エンジン以外に、減速時の「回生エネルギー」も発電に使われる。今後は、こうした面がどんどん改良されると思う。外部バッテリーに頼っていれば、エネルギーの循環については考える必要がない。大きなバッテリーを積めばそれだけ航続距離が伸びる。

時を刻み、時を旅する人

分刻み、いや秒刻みでスケジュールをこなしている人っていると思う。

すごいなぁ。

忙しいんだろうな、と思う。

ぼくなんかも、人からそう思われていたりするのかな。

いろいろ、やってるし。音楽も、パソコンも。

いつ休んでいるんだろうとか、思われてそうだ。

でも、ぼくは眠れる日は8時間寝てます。

クルマの中で、エアコンかけて、昼寝もします。たまに。

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本当に秒単位、分単位で動いている人にとって、1日はあっという間だろうし、極端だけど、人生そのものも一瞬のように思えるかも知れない。

それでも人は時間を切り分けて、いろんなことをやろうとするんだな。いろんなことができた方が充実していると感じるんだろうな。いや、そう思い込んでいるんだろうな。

できているかどうか、自分ではわからなかったりするから、評価や実績、できた記憶や知識にたよるんだろうな。

本当に満たされるのは、何かを感じている自分に気づくとき。

美しいとか、嬉しいとか、悲しとか、悔しいとか。腹立つっ、とか。

それを、自分の中からそのまま感じきるとき。

それって、時間ではないし、評価や実績、記憶や知識でもない。年齢も環境も関係ない。

ただ感じるのではなく、それを自分のものとして認識して、感じきること。

今まで、時間を切り分けて、ずっと歳を重ねて、記憶や知識に頼って生きてきた人にとって、かえって自分を感じ「きる」ってむずかしいことなんだろうなぁ、と、ぼく自身に重ねて、感じているところです。

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