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時間は、距離でも、壁でもなく。

今日、ある友人と20数年ぶりに会った。「久しぶりだね。」とは言ったけど、数秒後には昨日会ったのと変わりなく、ただ心地良い。お互いが歳をとったことも自然だった。たまについ口癖で敬語が出てしまうけれど、それもおかしいくらいで、まったくいやではない。

彼女とは、パソコン通信をやっている全国の35歳がネット上で出会い、会話をするという実験的な番組で知り合った。

熱くなったり、ダラダラと長くなったりする画面上の会話に彼女は、すっと、さらっと入ってきて、いつの間にか、うまくまとめてるみたいなところがあった。いつも自然体で、柔らかさがあった。

20数年前に、ぼくが鳥取で忘年会をしようと呼びかけて、全国から10数人が集まってくれた。その中に当時海外で暮らしていた彼女もいた。まったく印象どおりだったことを覚えている。

「(宴会場の外に見える)この道路は、ぼくがこどもの頃にはなくてね。ずっと砂浜だったんだ。」

彼女は、富山の海に似ていると言った。実家だったのか、おばあちゃんの家がそうだったのかは覚えていない。

今日は彼女のダンナさんも一緒だったが、なんだか二人が二人でいることがしっくりくる、そんな感じがした。

今日わかったのは、時間が距離に感じられたり、壁になったりするのは、みんな幻想なんだということ。

伝わる相手とは、いつどこにいても同じ空間にいるのだということ。

そして、その幻想を現実のものだと勘違いしているのは、執着という強い思いなのだということ。

同じ空間にいるのだとしたら、執着はいらない。お互いが事実だけを見て、認め合うだけだ。そして、心から尊重しあえる。

また会えると思う。それがいつになってもかまわない。会えたらうれしいと思う。

音楽ライブユニット ぽんかん。(音源へのリンク)

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誰にとっても、同じ1日。

ある70歳代の男性が「なんぼ生きても、あと10年ですわ。近ごろ、そんなことをよう考えますで。」と言うんです。

こんなふうに話をふられたとき、59歳のぼくは「そう言わんと長生きしてつかいな。」と鳥取弁で言う。

こんな話をするとき、いつも違和感を感じてた。本当に明日生きているのか、死ぬのかって、誰にもわからない。そりゃ、70歳より80歳のほうが死ぬ確率は高いんだろうけど、今生きているのに、8ヶ月だろうが、70歳だろうが変わりはしない。今、健康な人が、病氣をしている人より、早く亡くなったりもする。

どうせなら「今日も生きてた。」と言って、1日の終わりを喜びたいし、「今日も目覚めた。」と言って、わくわくして1日を始めたい。

あまり「何年か後にこうなりたい。」とかって、思わない。目標がないわけじゃない。それよりも、今生きていることに意識を持ち続けたい。刹那主義とも違う。人からは「恵まれているからだ。」「健康だからだ。」と言われたりもする。

いやいや、どんなときでも生きている以上の恵みはないです。それは、断言できる。どんなにつらく苦しいことがあっても、そのことに感謝は忘れない。なーんて書くと、崇高な精神のように思われて、持ち上げられたりもするから、それはいらないって思う。

そういうことをさらっと言っているOSHOのような人もいる。そう、ありたいなとは思っている。

Osho Japan

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メガネはどこだ?

いつも、ではない(ここは強調しておこう)。

たまに。本当にたまに、だけど。朝、メガネをどこに置いたかわからなくなることがある。

こたつの上に置いて、そのあと、うっかり下に落としてしまっていたら、踏んで壊してしまうかもしれない。

そうなると一大事だ。

四つん這いになって、こたつの周りをうろうろすることになる。

なにしろ、物体から50センチ離れたら、もうすべてが、ぼんやりとした形しか見えない。すべてがソフトフォーカスの中にある。それくらいの視力だ。メガネのように輪郭しかないようなものは、にじんだ景色に溶けてしまう。

いつもは、そう長く探すことはない。5分もあれば見つけられる。朝起きて、両目にレンズをはめるまでの、ほんのちょっとした時間の出来事だ。

部屋中をさんざん探した挙句、着替えた上着のポケットから見つかることもある。だいたい、その程度のことだ。

今日は、やはり床に落ちていた。最初から床に置くことはない。何かの拍子に落ちたのだと思う。しかも、こたつの近くだったから、うっかりするとお尻に敷きそうな場所だった。あるいは、手をついて、ぐにゃり、とか。

とにかく無事でなによりだ。

さて、目玉を洗ってこよう。レンズを入れて、今日の世界を見てやろう。

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ぼくにとっての第28章。

この文章は、音楽家・岸本みゆうに書いた文章を、加筆訂正したものです。


1980年12月9日火曜日、ぼくは20歳になったばかりで、鳥取県西部にある米子市に住んでいた。

10月28日の誕生日には、下宿のきれいなお姉さんにカードをもらったんだ。「まっすぐに生きようと思うな 曲折多き人生も また美しいではないか」って書いてあった。好きだったな、そのお姉さん。ロマンスも何もなかったけど。

「きみ、作家になれる。文章を書くといいよ。」そんなことを言われたこともあった。ぼくが音楽をやっているって言うと意外な顔をされたんだった。

前の年に、高校を卒業したあと、東京の専門学校に行ったんだけど、続けるのがめんどうになって、退学届けを出して、鳥取に帰ってきた。

ちょうど親戚の建築会社で募集していたんで、大工の見習いをすることになった。その会社の下宿だった。

当時、その下宿に住んでいたのは、高齢の女性が二人と、近くのデパートに勤める20代の女性とぼくの4人。一軒家で、作り置きの料理の余りものを分け合うような、当時は、たぶんよくあった家族的な昭和な下宿だった。

自由に使えるキッチンが部屋の近くにあって、そのころ下宿にいるときはヒマだったので、ほぼ毎日自炊をしていた。その日の夜は日曜日に作ったカレーを温めて食べた。大きな深い鍋を買ってきて、3日続けてカレーを食べることも珍しくなかったんだ。

仕事はきついこともあったが、みんな優しい人ばかりで、楽しんでやってた。昭和56年(1981年)が酉年(とりどし)ということで、雪の多い冬だったが、境港に近いところで、人が住めるくらいの大きな鳥小屋の建築を手伝っていた。

当時は、インターネットも携帯電話もない。目覚まし時計代わりに使っていたラジオから、そのニュースが流れてきた。ぼくの中に世界が止まったような感覚があった。

「12月8日、ニューヨークの自宅前で、ジョン・レノンが銃で撃たれて亡くなりました。」

記憶は今でははっきりしていないけれど、泣きはしなかったと思う。ただ、体じゅうのいろんなところに穴ぼこが開いたような感じがした。

ぼくが会社を辞めて下宿を出たのは、翌年の2月だった。

マーク・チャップマンが開いたのが、「ライ麦畑でつかまえて」の第27章だったのだとしたら、もうその章は終わったと思う。今から始まるのは、第28章だ。

これから新しい世界が始まる。始まらないといけないと思ってる。

(ジョン・レノンの写真はジョン・レノン – Wikipediaから拝借しました。)

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コンタクトを外した後に。

最近は、この黄色い目薬を使っています。

まじ、よく効く。

でも、この目薬を使ったあと、しばらく涙が黄色(笑)

乾燥とか、紫外線とか、角膜がやられたことがあって、そうなると、めっちゃ目が痛いんだよね。

それで探して、この目薬に出会った。

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コンタクトレンズを外した後も目が楽です。次の日の朝、コンタクトレンズを装着するときも、前に感じていたような違和感がないですね。
(個人差がありますってやつでしょうけど)

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Tori-iwa/しあわせを はこぶ鶏

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パソコンで年賀状。

鳥取市の湖山地区公民館で、パソコンで年賀状を作る講座4時間が終了しました。

今回作成した講座の資料です。

「筆ぐるめ」で「連名」が入力されているのに、プレビューに表示されないという現象がありました。カードを作り直すことで回避できますが、これは今もって謎です。

「筆ぐるめ」Ver.19では、「宛て名専用」の入力画面があって、「自宅」か「会社」を選ばないと「一覧表示」ができない仕様となっています。

いろいろハプニングもありましたが、にぎやかで、和やかな楽しいパソコン講座になりました。

パソコン教室のエフセブンのホームページ「レッスン♪出前します!!」

年賀状は書かない、出さない。

私自身は、20年近く1枚も年賀状を書いたことがありません。来ても、返信しません。年々音信不通になる方が増えますが、しょうがないことかなと思っています。

きっかけは、ある年の年賀状が500枚を超えたことでした。次の年は枚数を制限して、出す人、出さない人を振り分けようとしましたが、無駄に時間を費やしただけでした。

SNSが普及し始めた頃だったので、交流のある人とは、常につながっているという感覚があって、年賀状は費用も時間もかかるし、無駄だと思うようになりました。

年賀状がなければ、切れてしまう関係がある。

ふだんは交流がないけれど、ほぼ「生存確認」のような細い糸としての旧友とのやり取りというのも、歳を重ねるごとに意味があるのかなと思います。

そんな風に旧知の方とだけ年賀状のやり取りをしている方もおられます。出張でパソコンサポートやレッスンをしているので、この時期だけ、呼ばれることも多いです。

そういう方は、パソコンに触るのも、年賀状の時期だけで、プリンタの電源も久しぶりに入れるみたいな感じです。

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迷ったら捨てる。

必要なのか、どうか。迷ったら、捨てる。
使えそうなものなら、人にあげる。
積んでおかない。押し込まない。
見えるところに、縦に収納する。

断捨離。

一時期「断捨離(だんしゃり)」という言葉が流行ったことがあるけど、最近はあまり聞かない気がします。

本当に必要なものだけを持ちたい。

本当に必要なものだけに囲まれていたい。

古くても、少々傷だらけでも、必要なものは大事にする。新しいだけの魅力に惑わされない。

使い捨てのものは、なるべく使わない。

どんどん、シンプルになる。

ティッシュじゃなくていい、ハンカチがある。
風呂に入る前に脱いだシャツは、ちょっとしたホコリや水気をぬぐうくらいの雑巾になる。
油ものに使ってない食器類は、洗剤を使わず、すぐに水洗いをする。
寝るときに暖房はいらない。湯たんぽが、あるじゃないか。

岩美町ー家庭ごみの収集日について

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頑張る、は他人軸。

ついつい、頑張らなきゃって思ったりする。我慢して、努力することがエライことだと、勘違いしたりする。

我慢して出来たことを手放せなくなる。

「あの人、頑張ってるねー。」って人が思うとき、その人が、頑張ってるかどうか。もちろん、頑張ってる人もいるんだけど、自覚がない場合もある。

「頑張ってなんか、ないよ。」

好きだから。
伝わるから。
ただ、なんとなく。

評価をもとに行動するってことが、そもそも他人軸。

どう見られているか、どう評価されているかというのは、いつだって、結果でしかない。

自分で、自分を見て、何を感じているか、無理してないか、そういう基準で考え始めている。

結果、どうなるのか。評価するのは、自分だ。

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サカナを食う

鳥取の人は、鳥取の自慢をあまりしない。だから、たまに、ここでぼくが自慢をしよう。鳥取はサカナがうまいのです。

ここは、鳥取市内にある「あぶりや食堂」というところで、シンプルにサカナがうまい。

こてこてしないで、サカナがそのままよくあるメニューそのもので出てくる。「塩焼き」とか「ハラミ」とか。サカナが新鮮だし、よく吟味されていて、手早く料理されているから、こてこてする必要がない。

風景を見たらわかるけど、殺風景な何もない小道です。わき道を入ったところ。一応バスも通りますけど。

鳥取には、いっぱいうまい店はあるなぁ。

東京で、料亭でもサカナを食べたことがあるけど、かないません。

夜はここで居酒屋もやっているみたいなので、今度夜も行ってみたいな。

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次のアクションまでの時間

次の「アクション」が「死」でなければ、それまでの時間、いろんなことができる。それこそが「可能性」だ。「死」以外の出来事が「可能性」のすべてだ。

お金があるとか、ないとか。あれができて、これができていないだとか。現象にとらわれて、それを理由に「可能性」から、逃げていないだろうか。

死んでいなければ、生きている。それだけ。

あと数時間で死ぬとわかっていたら、ぼくは何をするのだろう。

まず、優先順位を必死で考えるだろう。

優先順位も何もなければ、俯瞰するしかないだろうし。そういう状態でいるかどうか。

ただ見て、感じる。そうやって、生きている。