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できることは限られている

一人ひとり、できることは限られている。そういうと、夢の無いことを言うと思われるかも知れない。夢を持ち、夢に向かって頑張れば、努力すれば、なんだってできる。そう思いたいのが人間だ。

夢をあきらめないで、実現したヒーロー、シンデレラストーリーに皆が憧れる。

しかし、これまでにまったく違う自分を実現した人は一人もいない。自分に何ができるのかを認識して、それを生かした人だけが、ヒーロー、シンデレラになれる。

この法則に例外はない。

自分をみつめよう。そして、自分に問いかけよう。本当にやりたいことをやっているのかどうか。心が喜んでいるのかどうか。

人の目を気にする必要はない。自分がやりたいと思えばいいし、心が喜べばいい。

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日課のマッチョ運動

5月末に持病ともいえる腰痛を発症して、それでも6月中旬に石巻に行くことになっていたので、必死に治療した。3回整形外科にも通った。石巻には無事行くことができたが、7月に入るまで、ずっと、腰痛ベルトと痛み止めの薬が必要だった。

動こうにも動けなくて、ほとんどの時間を寝て、必要最小限、起きてまた寝るという日々を1か月半くらい過ごした。

ようやく腰痛が収まったかと思えたころ、右足の痛みが続いた。ずきずきした痛みに夜目が覚める日もあったが、歩くのにはまったく支障はなく、これは、腰痛の痛みを脳が忘れない影のようなものだと思った。

これは動かないと治らない。

そう思い、7月中旬からランニングとウォーキングを始めた。

忙しくて、動けない日はあるが、週5日歩ければそれでよしとした。

7月下旬からは、寝る前に腹筋、腕立てを50回することにして、もう10日ほど過ぎた。たぶん続けられるだろう。回数を無理に増やす必要はない。続けることを目標にする。

5月から比べると3キロぐらいやせたようだ。体重も気にはしていないが。

一番は、気持ちが軽くなったのが大きい。ランニングもウォーキングも、いろいろなことも楽しい。

海外のマラソンに行ってみたい。65歳くらいまでに実現できるといいかな。

10月27日の鳥取砂丘らっきょう花マラソンの一般3キロに申し込んだ。

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走ること、歩くこと

最近、走ってます。ランニングとウォーキングが日課です。

着替えを準備して、ストレッチや簡単な筋トレをします。決まったコースを走ることもあるし、適当に歩いたりすることもあります。

スマホのアプリがしっかり記録をしてくれるので、どれくらい走ったかを確認することができます。タイムやスピードは、今はそんなに気にしていません。気にするレベルでは、ないので。

ランニングは、瞑想の代わりにはなりませんが、瞑想と同じような効果があります。余計な思考やこびりついた殻を剥ぎ取ってくれています。

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打吹回廊という風景

2019年7月20日(土)、西日本では、九州を中心に台風の影響で、大雨が降っている地方もあった。

鳥取も数日前から影響は出ていて、長い時間雨が降っていることもあった。水曜日、木曜日あたりから、もしかしたら、20日のオープニングイベント自体の開催も危ぶまれている状況だった。

それでも無事オープニングイベントが開催できたのは、とても喜ばしいことだ。

「打吹回廊」というのは、鳥取県倉吉市の中心地にある、倉吉銀座商店街に新しくできた賑わい施設だ。以前ナショナル会館という建物?があった場所らしい。市役所や観光名所である、白壁土蔵群からも近い。
倉吉銀座商店街のFacebookページ

1980年代に当時倉吉から関金を結んでいたJR倉吉線が廃止になり、少子高齢化社会を迎えて、シャッターを下ろす店も多くなってきた。これは、全国的に地方の中心市街地に見られる光景だ。

それでも、この地域には、白壁土蔵群があり、近くには、倉吉パーススクエアもある。ここには、1500席の大ホール等を有する倉吉未来中心が建ち、数年後には、県立美術館ができる予定だ。
ウェブ版美術館準備室(鳥取県教育委員会)のページ

そういう意味では新たに活性化しつつある元気な地域と言っていいだろう。

人口が減り、商店が店を閉めるのは、寂しいことだし、かつての賑わいを懐かしく思うこともあるだろう。しかし、寂しい、残念だと思うことだけでは、何も生まれない。

今必要なのは何なのか、考えて作られた、新しいものが生まれたことを素直に喜びたい。

オープニングステージで演奏

この打吹回廊のオープニングイベントで、アポンとして、参加、ステージに華を添えました。

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波動について考える

以前トップページに書いた記事を転載しました。ここに書いてあることは、ぼくの思考であり、証明されたものではありません。

波動には、物理的な制約はありません。離れていても人の波動を感じることがあります。それはその人がラジオの周波数が合うように、自分の周波数とシンクロするときに起こります。

そういう種や遺伝子を受け継いだ親子だったり、双子だったり、非常に波動の合う恋人同士だったり、たまにそういう人同士が、離れていてもお互いの変化をキャッチできることがあるのは、偶然ではなく、そういった作用によるものです。

料理がおいしいのは、使われる材料が、新鮮で吟味されたものであるという事はもちろんですが、その料理をするシェフの腕によるものが大きいでしょう。

人にとって知識や記憶というものは、食品カゴや冷蔵庫に入っている材料でしかありません。

その知識や記憶が豊富で、新鮮で、吟味された確かなものであるという事はもちろん大切ですが、それ以上に品性や知性が重要なのだと思います。

その品性や知性こそが、その人が持っている波動です。

波動というのは、脳幹や、松果体から発せられる、ごくわずかな振動です。

波動は、非常に小さな振動なのですが、情報量は、DNAをはるかに超える宇宙規模のものです。

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雨が降らなかった、嬉しい一日

梅雨の時期の雨は、貴重だ。

田植えが終わった後の稲の生育にも影響する。

新しい感性、たとえば若い人には、この季節の雰囲気を感じる新しい指標になる。

それは、1年のうちの、わずかなこの時期にしかないものだ。

都会で生まれ育つと、この季節感が皆目わからないということが、田舎にいると、わからない。

ぼくが子どものころ、雨が降ると、まっすぐ垂直に空を見上げた。同心円状に雨のしずくの軌跡が見えるのを、口を開けて眺めていた。

同心円状に降る雨には、強弱がある。リズムがある。YouTubeもiTunesも、Spotifyも何もいらない。音楽は常に体の中にあった。

今日は眠いので寝る。また続きは書こう。

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2019夏日記

子どものころ、毎年のように夏休みに日記を書く宿題が出ていた。まともに書けたためしはなく、始業式の数日前にあわてて書いていた。今の子どもはどうだろう。あの頃は、毎日が、ただじりじりと暑くて、今思えばたいした困りごとらしい出来事はなくて、本当にパステルカラーの毎日を描いていたころだった。

あの頃を思い出すと、現代の自分が持っている時計の針の動きは、目まぐるしいと感じる。

ただぼうっとできていないと思う分、実はぼうっとしていても、常に何かやっていることにして、時間を、自分の意識をごまかしているのだと思う。

思っているほど、時間の速度は変わってはいない。すべて自分の意識が作り出している、錯覚なのだ。

この夏、2019夏日記として、日々の思いを残してみようと思う。

2019.7.18.Thu

台風が発生して日本海に近づいているニュースを聞いた。イベントのある週末の天気が気になる。

京都で痛ましい放火事件が起きた。ここにその詳細は記さない。ただとても悲惨な事件だ。

自分自身を振り返るというか、自分の意識を感じることがある。そこに感情が伴うとき、それはなぜなんだろうと思う。意識の奥底に何かしら動くものが感情になる。逃げているのか、固まっているのか。逃げているとしたら、何から逃げているのか。しっかり自分自身の意識を見定める必要がある。

最近は、晴れたら、布勢とかの走れる場所に行ける時間、着替える時間があれば、走りに行く。そうでなければ、できるだけウォーキングはしようと思う。死ぬまでには一度はマラソンを走ってみたい。どうせなら、海外の大きなマラソン大会がいい。まだ2キロを走るのがやっとだ。

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なりきり野村萬斎

昨日腰をぎくっ、とやりまして。

年に1回か2回はやるのでほぼ持病なんですが。

今回は、すぐに医者に行けたので、レントゲンでも骨には異常はありませんでした。ほっ。

いつもなら仙骨(せんこつ)が左にずれちゃったりしてることが多くて、そらぁ、とっても痛いんですが、今回は、まあ、多少は動けるカンジ。

診察で、かかりつけの医者に「どうしましたか?」と聞かれて、「トイレで」って言った瞬間に「うんこしてた?」って、間髪入れずに(笑)。はい。ウォッシュレットで良かったです。

その先生曰く、この日、そういう人がめっちゃ多かったようです。「今日、そういう人が多いんです。今日です。」って不思議そうに言ってました。へぇー、そうなんだー。

朝、起きたら、ゆーっくり、指導されたとおりの腰のストレッチをして、ゆーぅっくり、そろーり、そろーりと、着替えをして、湿布を貼って、腰サポーターを巻いて、腕の力で起きたり、座ったりをしています。

歩くときもすり足で、いっぽいっぽ。

「そろーり、そぉろぉーり。」

声に出したら、笑えた。

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店の名はライフ、自転車屋はない。

18歳で初めて鳥取から上京した時、電車の同じ車両に、大きな四角い荷物を背負った行商の人がいた。空は晴れていて、朝だった。通勤時間帯の少し前くらいで、3つくらいある改札で、当時のぼくと同じような年代、20歳前後くらいの駅員が、数人で常にハサミをカシャカシャ動かしていた、その音が今でも記憶にある。

初めて降りた東京の駅は、中央線の中野駅だった。東京駅でも乗り継ぎをしたのだけれど、メモを見ながら、案内標識を見ながらホームを探して歩いていたので、その当時の東京駅の記憶はまったくない。

改札を出て見えた奇妙な三角形の大きな建物が中野サンプラザだということはわかっていたけど、不思議とジオラマを見ているような感覚だった。

公衆電話ボックスを探して、電話をして、出迎えてくれた下宿先の新聞販売店主は、汗っかきの40代くらいの人だった。下宿から少し離れた高円寺駅に荷札を付けた荷物を預けていたので、かなり遠回りをして、野方(のがた)に着いた。東京の朝の匂いが独特だった。

下宿先には先輩も含めて6、7人の学生がいた。同じように新聞配達をしながら学校に通う仲間だった。同級生は4人だった。

店は新聞販売店、隣の店は、陽気な明るいおばさんのいるパン屋だった。

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考えたことが現実となる

「思考は現実化する(Think and Grow Rich)」というのは、ナポレオン・ヒルのベストセラー本のタイトルだ。実際そのとおりなんだと思う。もし「思考が現実化していない」ときがあるとしたら、考えたことを捻じ曲げてしまっていたり、自分でも気づかずに間違ったフィルターを通しているときだ。

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自分が「嘘つき」だなんて、思ってもみなかった。

ただ、今までのことを思い起こすと、人に合わせているときってあったし、黙ってごまかしていたりもしていた。

自分の感情の行き場を失って、人のせいにしたり、違う理由をさがしたりもして。

今までのぼくも、見た目は「いい人」なんだよね。そういうフリをするわけだからさ。

「うん。それ、いいね。」(心の声:いやー、どうかなぁ。)
「はい。やります。」(心の声:めんどくさいなぁ。)

こんな文章を書きながらも、「なんだか、ふだんからとんでもない大嘘つきみたいに思われそうだなぁ。」という思いが浮かんで、違うことを書きそうになります。

最近、あえて、そういう自分のナマの声をアウトプットすることが必要だなって思ってる。もともと作らなくていいものを自分で作っていて、それがそのまま現実化していた、という事実。

そういうことに気づいたんだ。

本当に「いい」と思ったものは「いい」と言えばいいわけだし。

「だめ」って思ったら、そのこともごまかさず、いい人ぶらず、ちゃんと伝える。

そうやって、シンプルに自分を磨いて、アウトプットしていけば、それだけでいいんだって今は思う。

自分の磨かれていないところも、さらけ出す。

実際、そうしないと、いつまでも磨かれないし、磨かれないままでいいという現実が生まれる。

さあ、これから、おもしろくなるべ。

たぶん(笑)。

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