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今朝、わかったこと。

霊が見える

8月に「霊が見えるという体験」という記事を書きました。

その中で、自分ではなぜ霊が見えるのか、その意味がわからないというような趣旨のことを書いています。

今朝わかったのは、知識や記憶で理解しようとしていたから、わからなかったのだということです。

五感ではないところからの情報を感知しているのだということと、霊能力とか、超能力とかの、決して特殊な能力ではないということは、記事に書いてあるとおり、これまでもなんとなくわかっていました。

感知しているものを、知識や記憶に照らすのではなく、そのまま受け止めれば良かったのです。

そのときに、自分の頭の中が知識や記憶で溢れている状態だと、感知したものを、ただ乏しいイメージに変換して終わりです。

ジャズのアドリブにたとえると

頭の中が、スケールや和音、ジャズ理論でいっぱいの状態のとき、理系の大学を主席で卒業できるくらいの頭脳があれば、器用にジャズのアドリブもそつなくこなすことができます。

それほどの頭脳がなくても、がんばって、時間をかけて熟練すれば、そこそこのプレイヤーにはなれます。一生かかって、そこを目指すのも人生です。それが楽しい人は、それでいいと思います。

他の芸術でも、スポーツ、仕事でも同じです。

ひとまず、頭を空っぽにする

やるだけのことはやっていいし、詰め込むときもあっていい。

ただずっと、詰め込んだままだと、受け取れないし、理解できない。と、今朝いきなり理解したのは、そういうことだったということです。

煮詰まってきたなと思うときに、いっぺん頭の中を空っぽにする。そして、五感の外から感知したものを放っておいたり、安易に知識に変換したりしないで、とことん、味わう。

これから、感覚がまたぐぐっと、開けそうです。

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シューカツ

70歳を過ぎたあたりで、「就活」ならぬ「終活」とやらをやっている、という人がいる。「どんなことをしているんですか?」と聞くと、「身の回りの整理」だという。早い人では60歳台、いや、もっと早くからやっているのかも知れない。

ぼくは、それ以上に深いところまで聞かないので、それ以外のことはわからなくて、依然「身の回りの整理をやる。」ぐらいのことしか、わからない。

葬式や墓を生前に予約するという人も、もちろんいるんだと思う。遺言書を書いている人もいるのかな。

ぼくがこうして、ブログに書いていることも、ぼくが死ぬタイミングによっては、遺書のようなものと見られるかも知れない。既に死んでしまった者からすれば、いきなりプライベートが公開されるような気分で、有名人なんかは、どうにかして生き返りたくなる気分になるかも知れず、はたで見ていても、やり過ぎだろうと思う報道もある。

最近、芸能人の自死が続くと、一般にも「その傾向」が増えているのかなと、ちょっと不安な気持ちがよぎるけれど、できれば自ら命を断つということは、やらないでほしい。命というものは、思わぬ瞬間に「はい、終了。」となるもので、それ自体は単なる出来事に過ぎない。

ぼく自身は、身の回りの整理や、今をどう過ごしているか、何を考えているかをこうして発信してはいるけれど、シューカツにはまったく興味がない。

あわよくば、300年でも生きていようと思う。

そんなに生きていると、ただしんどいだけで、耐え難いという発想は、単なる想像でしかない。実際に生きてみないとわからないじゃないか。

今も、常に新しい発見がある。息苦しかったり、関節の節々が「あいたた・・・。」となったりすることもあるが、それも、それだけ生きた証だと思うと、経験として愛おしい。毎日、新しい実感を得るなんてことは、それだけ生きないと経験できないわけだから、これはこれで楽しい。

やっぱり。

シューカツより、シュークリームだよなぁ。

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今ここにあるすべて

今、ここに、自分自身を含む宇宙のすべてがあって、現在も過去も未来も存在しない。最近、そんな風に考える、というか、感じられる瞬間を味わうことがあります。

幼い頃、たびたび不思議な感覚に襲われることがありました。目を閉じると、そこは宇宙空間で、目に見えないほど小さいと視覚的に感じていたものが、同時にとてつもなく巨大に重く感じられる、空間に上も下もなく、落ちていくと同時に広がっていく。やがて自分自身が宇宙そのものになりそうな感覚に襲われて、そのまま目を閉じていられなくなるのです。

目を開けた瞬間、現実が現れます。

現在59歳ですが、それは、4歳から10歳くらいまでの記憶です。ずっとこの歳になるまでその感覚は忘れていたというか、考えずに過ごしてきました。人に言うと「幻想、空想、妄想」と言われるだろうし、自分でも、確信が持てませんでした。

最近、今、ここにすべてがあるということが感覚的に理解できるようになりました。あくまで感覚的です。現実として見ているものが、むしろ幻想です。

だいじょうぶか、おまえ。って言われそうですよね。

現実は現実として捉えていますので、だいじょうぶのはずです。

向上心を持つこと。目標を持って、計画をして、ステップアップすること。そう考えて生きてきました。それが人間らしい生き方だと考えていたからです。

でも、それは単に結果に過ぎないことに気が付きました。

つまり、今ここに、自分自身が感じているものが存在して、その感覚に沿って行動するからこそ、結果的に、人から見たら、ステップアップしているように見えるのです。わざわざそう見えるように行動する必要はありませんでした。

たとえば、ぼくは、最近毎日ピアノを弾いています。

向上心があります。

人前でピアノを弾けるようになりたいという目標があります。

それは、それ。なんですね。

電子ピアノを買ったんです。きっかけは、そこからでした。

弾いてみました。

全然焦っていないんですね。今、コンサートで弾くわけじゃないし、誰かの伴奏をするわけでもない。音大にもピアノ教室にも通っていません。先生にも習ってもいません。

楽しいんです。ぼくは、もともとギターよりピアノが弾きたかった。ギターはある程度弾けます。教えたりもしています。

ピアノを弾きたい、は自然なことなんですね。

結婚するときに妻が持ってきたグランドピアノがあります。去年の春までは、娘が弾いていました。娘が県外の大学に進学したため、今は、ピアノを弾くのは、ぼくだけなんですね。

思い起こせば、ギターを弾き始めたときも、同じような感じでした。

ぼくが中学一年のときに、姉と兄とぼくの三人で出し合って、ギターを買いました。ずっと、ギターに触っていたのは、ぼくだけだったですね。楽しかったから。ギターに関する奪い合いのケンカは一度もありませんでした。

感覚に沿って行動していたら、できていた。そういうことが多かったことに今更ながら気が付いたわけです。

思い出せば、何事もまったく計画的ではありませんでした。

計画することがダメっていうことではなくてね。ぼくにも計画はあるわけです。200歳まで生きようということも計画のひとつですし。別に明日死んでもいいわけですけど。

楽しいを基準に今あるすべてを感じることですよね。

それがいいな。

今回のは、ちょっと支離滅裂な文章だったかな。そういう脳みそなんで、それはそれで、ちょうどいい。

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めっちゃ、虫の声

つい先日まで、昼も夕方もセミの鳴き声でいっぱいだったけれど、8月も終わりに差しかかって、夜外を歩くと、周囲は虫の声でにぎやかだ。

連日鳥取の気温が38度だったとか、米子が全国で一番気温が高かったとかという、ホットなニュースで溢れているけど、季節は確実に秋に向かっている。

この気温の高さには参るが、今のところ台風は来ていない。9月からは、どうだろうか。アメリカでは、カテゴリー4のハリケーンが都市部を襲っているというニュースも入ってきたが、これに限らず、気象は局地的に激しく変化している。

2020年、50歳代最後の年を迎えていて、年齢のことを考えることは多いような気がする。それも実は気のせいで、20歳代には20歳代なりに先の見えない不安もあって、また別の意味で年齢のことを考えていたと思う。

体の状態は、年齢によってというより、習慣によって、変化する。

ちゃんと寝て、食べて、運動することが可能なら、健康は保たれる。動物を見れば一目瞭然だ。健康な体は能力の低下があるだけで、死ぬまで健康だ。

記憶によって、意識が作られる。

今感じている感覚、意識だけに目を向けることは案外むずかしい。記憶が不安などの幻想を作り出す。

人間は高度な生物だ。記憶を忘れることがあっても、捨てることはない。忘れていても、思い出そうとする。

そして、記憶に行動が支配され、意識が作られる。

ぼんやり考え事をしていても、朝出勤して、会社にたどり着ける。これは、無意識ではなく、記憶によって、意識が支配されているからだ。

今日は眠くなったので、このへんで。続きは、改めて、また違う形で書くと思う。

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霊が見えるという体験

ぼくが、こういう話をすると、稀で、不思議な体験をしているという風に受け止められることが多くて、かえって戸惑うことがある。ぼくは、単に日常の風景のように時折、霊(のようなもの)が見える。

五感とは制限の多い感覚

もともと、人間の知覚できる領域は、あくまで人間が生きていくのに必要な領域に限られている。五感と呼ばれる感覚もそうだし、運動能力もほかの動植物などとは全く異なるものだ。

それらの感覚や運動能力も環境によって変わってくる。砂漠に住む民族が、地平線の向こうにいる人が誰かを知る能力は必然的に身についたものだ。

障害者を支援するボランティアをしているとき、ある全盲の方がふと今日はあの人がいないとか、何人だとか言っているのを耳にしたことがある。本人にとっては、音や気配だけでそれがわかるのは自然なことであって、まわりが驚くのは盲人である当人は意外に思うようだ。

霊は常にそばにいる

幼い頃から、家の中には常に知らない誰かがいたし、その誰かは、何となく違う空間にいるような感覚はあった。

たとえば大黒柱のそばには、何年たっても歳をとらないおばあさんが座っていた。今は何故かいない。

おばあさんは、言葉ではなく、イメージで、あるいはインスピレーションのようなもので時折メッセージを伝えてきた。

目に気をつけて、とか、だいじょうぶとか。そんなあやふやな感じだった。

ぼくは、足だけの霊とか、壁から突き出したような首だけとか、そういう何か、それが本当に霊なのかどうかはわからないけど、見えることがあった。音を聞いたり、声を聞いたりしたこともあった。

怖くないんですか?と聞かれることがあるけど、ぼくは、ムカデやヘビの方が怖いし、30センチくらいの大きなゲジゲジや手のひらくらいの大きなクモを見るとギョッとするけど、じっと見ていると、ムカデやヘビほどは、そんなに怖くはない。霊もそんな感じかなと思う。

霊より怖い人の意識

悪霊とか、除霊とかというものが実はよくわからない。

霊よりも怖いのは、人間の意識だと思う。人間の思考には、簡単に偏った思考に支配されてしまう弱さがある。思い込みもそうだし、押し殺して取り繕う習性もある。ぼくの中にもそうした、思い込みや押し殺したものがあって、心を見失っていた時期があった。

社会的には何の問題もなく、善良な一人の人間として生活しているのだけれど、どこか拠り所を見失っている自分自身を感じていた時期だった。

そんなときに「ハートチャクラに穴があいています。」とズバリ言ってくれた人がいた。

社会に合わせる、認められる存在になることに集中しすぎていて、自分を大事にしていなかったんだと、それからしばらくして、気がついた。

今は見えないけれども

そういえば、柱のおばあさんは、それ以降見かけない。他の霊もそんなにひんぱんには見なくなった。

氣(き)というのは、エネルギーを持ったある種の振動を言う。周波数によってはたらきが変わり、異なる形として現れる。

チャクラに色があるのも、周波数の違いからくるものだ。

霊体は、知覚した人間によって、存在することができる。物質の世界よりも、次元の低い存在であり、ある種のエネルギー体と言える。現代の物理学で存在が証明できないだけで、確実に霊体は存在する。

人は死んで霊になるのか

ぼくは、人が死んで霊になるというのは、ないんじゃないかなと思う。人は死ぬと、肉体を自然に返す。単に肉体から離れるだけなんだけど、肉体がある間は、苦しみからは逃れられないだろうし、それが人間なんだと思う。

霊が見えるというのは、決して特殊な能力とかじゃなく、ほんの少しだけ違う次元を感じたとき、脳が、五感で感じられるものに変換して見えたり、聞こえたりする、誤作動のようなものだと思う。そういった脳の誤作動は誰にでもあって、また一人一人が違う能力を持っているに過ぎないんじゃないかと思う。

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おじぞうさん

この地域では、毎年8月23日に地蔵盆というお祭りがある。

かつては魚市場に屋台が並び、ほんとうのお祭りのように賑わっていた記憶がある。子どもたちには、お菓子やお団子がふるまわれたこともあったと思うが、今はどうだろう。

踊りや花火も、おぼろげな記憶の向こうで、お盆の風習と重なっているのかもしれない。

いずれにしても、ここに並べられているのは、ふだんは、道祖神として祀られている地蔵尊だ。この地域では、それとは別に薬師如来が祀られている薬師寺にもお参りをする。

砂が敷き詰められたパレットのようなものがいくつか並べられて、そこにすき間をぬってロウソクを立て、盛大に束にした線香に火をつけて立てる。当然もうもうとした煙の中で、人々はお祈りをする。

むかしはひっきりなしに念仏を唱える老人がいたと思うが、今は念仏を唱える時間が決められているのかもしれない。

今年は特に帰郷する親戚も少なく、子どもの姿が少なくて、おじぞうさんもさびしく思ったことだろう。

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ピアノのある部屋

別の部屋にはグランドピアノもある。

ピアノの楽譜を見ながら、両手で弾ける・・・というわけではないです。演奏家として、人前でピアノを弾くことはないんですね。

メロディや和音を楽しむために弾く、という感じです。

具体的には、作曲やアレンジ、もう少し小さなMIDIキーボードでパソコンに打ち込みをしたりします。

この写真は、いつも作業をしている机の隣に最近購入したコルグD1という電子ピアノをセットしてみたという図です。ピアノのない場所で練習をするときに、これを運んで、自分じゃなくて、ピアニストさんに弾いてもらうんです。

これで、思い立ったときにピアノが弾けます。夜中なら、ヘッドフォンをつけて。

その近くにはギターも4本並んでいます。ギターは以前から、いつでも弾けるんですけど、ピアノはそうはいかなかったから、これはちょっとしたトピックスです。

パソコンも部屋ごとに置いてあったりします。

なんとぜいたくだわなぁ。

音楽っていいね。

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のんびりお盆

今日から次の日曜日16日まで、4日間仕事はお休み。お墓参りの他のさしたる用事があるわけでもなく、盆踊りとか、花火、夏祭りなどの、この時期お決まりの行事は何もありません。16日に毎年やっている岩井温泉の灯ろう流しでの河原でのオカリーナ演奏も今年は、早々に中止となりました。

浦富海水浴場は、今年は閉鎖しています。10年、20年経って、この事実を知ったとき「へぇ~、そんなことがあったのか!」と思うかどうか。

それでも、先日の土日はお盆前の連休ということで、ごった返していて、遊泳禁止(看板が各所に立っています)を無視して泳いでいる人もたくさんいました。その中で、海難事故も何件か起きてしまい、波に流された娘さんを助けようとして、亡くなられたお父さんがいました。なんとも痛ましいことです。

今日は、波は穏やかですが、皆さんお盆の準備に入ったためか、浦富海水浴場の方は人出はあまりなく、田後港の釣り人も、まばらです。その代わり、京阪神方面の方には、単なるお盆休みでしかないようで、網代や城原海岸には、路上駐車の県外ナンバーがずらりと並んでいます。例年に比べると、少ないですが。

今年のお盆はのんびりなので、今日は、洗濯、掃除、片付けが進みました。っていっても、家の中は蒸し風呂状態なので、少し動いては、風にあたって、休憩しながらでしたけど。

エアコンはかけていないんですね。扇風機の風だけ。エアコン欠けちゃうと、そこから動けなくなりますから。

Webページの整理もこの休みの間に少しやっておこうと思います。

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年齢を重ねるとともに

「自分は何歳まで生きられるのだろう。」「いつ、どんな形で死を迎えるのだろう。」「ずっと健康でいられるのだろうか。」

年齢を重ねるとともに、ぼくも、そんなことを考えることがあった。

ふと、年齢は肉体の状態を表す「ものさし」のひとつに過ぎないことに気づく。「何歳だから・・・。」というのは、一人ひとり違うし、ふだんの生き方や環境でも違ってくる。

200歳まで生きる。

ときどき、ごく親しい人に冗談のように「ぼくは200歳まで生きるから。」と言うことがある。もちろん、現実に200歳まで生きたら、バケモノだ。それは、ありえないと思う。

ただ、人生が200年あると思えば、意識が変わる。

この瞬間に、同じ時間を共有している人が存在しているということだけを考えても、それぞれが奇跡の存在に思えてくる。

「同世代」という言い方があるけれど、今ここにいるすべての人々が「同時代」人と言っていい。

年齢というものさしで区切ることに、あまり意味はないんじゃないかと思うのだ。

お酒が飲めるとか、年金がもらえるとか、社会制度上必要な「ものさし」、人と比べるときに便利なもの、でしかない。

そうは言っても歳はとる。

それも事実だし、現実だ。事実は事実として、どうするかを考える。体力も衰えるし、シワは増える。そういった変化を単に衰えと見るか、そのものさしに見合った年数生きた証と見るか。

60年生きないと60歳の肉体は得られない

結局、今ここにある肉体が自分自身の100%であって、今だからあるものだ。常に、それ以上でも、それ以下でもない。

20歳の人は20歳の体を持っているし、60歳の人は60歳の体を持っている。その年齢に見合った肉体が目の前にある。

ぼくは59年生きたから59歳の肉体を得られたのだ。

ぼくはよく腰痛になるが、20代からの持病だ。20代のときより、うまく付き合っていると思う。だいたいこれくらいというのがつかめてきた。痛いのはいやだから、予防として、ストレッチも運動もする。もう歳だからあきらめるというのは、ない。もちろん、ヘルニアになったり、手術をしたりして、状況が変わる可能性はある。その状況は状況として、受け入れる。痛みがあれば、痛みと付き合う。

一番こたえるのは愛する人の死だ

自分のことは、そんなふうに思えても、愛する人が死ぬことがいちばんつらい。

それはそのままで、今ここに愛する人がいることへの感謝に変わる。

ありがとう。

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essay iwami music オカリーナ

オカリナ奏者myu

「myu」を「みゅー」と呼んでください。

岸本みゆうあらため『オカリナ奏者myu』です。

2020年7月20日の午後7時20分に生まれました。(おぎゃぁ!)

アゾースキーさんと岩美町中央公民館第2研修室というところ(ローカルな話やな)で、9月にあるイベントの練習をアゾースキーさんのフルートとぼくのギターとでやってました。で、その練習のあとで、アゾースキーさんに「どうせ今、転機なら、名前をすっきりmyuにしたらどう?」と言われたのがきっかけです。アゾースキーさん、バリバリ名付け親です。

これからは仕掛けます

今までは、ふだんはオカリナ教室の講師をしたり、パソコン教室の講師をしたり、ギターで伴奏をしたり、クラリネットを吹いていたわけです。そして、呼ばれたら演奏するという感じでしたが、まだ事務所もなんもないですが、オカリナ奏者myuを名乗ることにしました。

で、この日は、めっちゃ蒸し暑い日で、梅雨明けしないまま夏が来たというカンジです。

それでいて、海水浴場の開かない前代未聞の夏です。こんな未知との遭遇2020年なんですが、新型コロナのことも含めて、いつかは、そんなこともあったのけー、へーぇぇぇ、ってなる日も来るんでしょうか。

そういうときにこれから、オカリナ奏者としてやってくぞという気概を見せようとしているところです。

「気概」なんぞという、およそ吾輩の辞書にはない言葉を使っちゃいました。いろいろ転機はカンジてたので、たまたま白いギターケースやら、新しい電子ピアノやらが手に入ったりもしてたりしてたり。今、だなと思いました。

やりましょう。いろいろ。