ぼくは、ずっと、自分で恥ずかしがり屋の口下手で、コミュニケーションが苦手だと思い込んでいた。
このところ、自分自身を振り返る、見つめるということを考えていて、それって、人に対してじゃなくて、自分自身に対して、コミュニケートしていなかったんじゃないかって思った。
人に合わせて、何かしようとすると、ほら、例えば、下心満載の20代だった頃、好きな女性と話すことがうまくできなかったりする。
それって、その人に一所懸命合わせようとしていて、相手はおろか、自分自身をも見ていないからだったんだなとやっと気付く。
20代の女性に合わせられるアイテムって、男の自分がそんなに持ってるはずないもの。
せいぜい、映画とか、本とか、動物とか、遊園地とか、美味しいものとか、そういうもので合わせようとしてしまって、堅苦しくなって、別れてしまってた。何度も何度も。
「ぼくは、こう思う。」「こんなふうに感じたんだけど、どうかな。」
そんなふうに話をしないわけじゃないけど、合わせようと必死で焦ってると、それが見えない。
そうだったんだ。ぼくは、自分とコミュニケートをすることができていなかったし、その視点が抜け落ちてしまうことが、今の今までよくあったんだ。
それが相手を退屈にさせていたし、傷つけて、傷つけあったりもしていたんだ。
なんてこった。
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自分自身とコミュニケートできれば、何も怖がらなくていい。
そして、世界はそこにある。世界ともコミュニケートできる。
そう考えれば楽しい。
ぜひ、そうありたい。