氣を失って生きられるか

ぼくはふだん、自分や家族、友人・知人のことを思いながら、地域や社会に合わせて生きています。それは、もちろん悪いことではありません。人は誰もがそうしているのだと思います。

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しかし、もしそこに自分の「氣」が伴っていなかったとしたら、どうでしょうか。それは、ただこの世界に合わせて生きているだけです。極論かもしれませんが、何事もなく生きていければそれでいいという生き方を選択していることになります。

2018年の年末から数ヶ月くらいの間に、ぼくが氣づかなかったことで、ぼくが大切に思っている人の心を深く傷つけた出来事が続いたことがありました。なぜ氣づけなかったのか、考え、悩みました。大切にしていないじゃないかと自分を責めました。

ぼくはこれまで自分の意志を持って、自分の人生を生きているのだと思っていました。それなら、どうして大事な場面で、氣づけなかったり、氣が抜けてしまったりするのでしょう。

あるとき、勧められてカウンセリング(ヒーリング)を受け、「呼吸が浅い。特に吸うのが足りていない。」と言われました。ぼくは、オカリーナやクラリネットを演奏するプレイヤーであり、呼吸には自信をもっていたので、意外に思いました。

あとで、ぼくは、氣が足りていないのだと氣づきました。それが呼吸にあらわれていたのです。ぼくは自分自身を生きていませんでした。ぼくは長い間、氣を失って生きてきたんだと思います。

もう氣を失っては生きられません。これからは選択そのものが変わってくるんだと思います。

ようやく、ひとつ、長いトンネルを抜けたような氣がします。

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