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意識と言葉と行動を、一致させる

「意識」と「言葉」と「行動」って、ぼくはずっと一致していなかったし、それが当たり前だと思って(意識して)いた。だから、最近まで「一致していない。」ということにも、気づかなかった。

ぼくは、人に言われたことは、なんでもそつなくこなす方だ。あくまでも、これは自己評価であって、人の評価はさまざま。「あいつは、けっこう抜けてるよ。ミスるよ。」というのも、人から見たぼくの評価かも知れない。ぼく自身は「それなりにやってて、認められている。」と自分で評価していたし、今も、そう思って(意識して)いる。

できる人(と自分で意識している人も含めて)は、「できること」に集中するね。だから、常に「あれやって、これやって。」って考えて、行動している。ぼくは、そうだった。

「のんびりしたい。」「楽しくやりたい。」という「思い(意識)」は、とりあえず、どっかに置いておく。

「しんどいな。これをやるのか。」って思って(意識して)いても、「がんばればできるよ。」と言葉にしてしまう。言葉にしなくても、そう行動していた。

「こうすれば、楽しいだろうな。」と思って(意識して)いても、「まず、こうしなくちゃ。」と言葉にしてしまう。「こうすれば・・・。」という行動を封印してしまっていた。

ぜんぶ「人の目」「人の意識」なんだ。「こう思われる。」「どうせこうなる。」という意識。

最近ね。心の中で言っていることが、ぜんぶ現実になっていることに気がついた。それは、実際にどんな言葉を言おうが、どう行動しようが関係なく。

「ああ。あの人嫌だな。」という意識を持ったら、その人は、漏れなく100%「嫌な人」になる。どんどん嫌な人を作っていく。

そうではなくて、自分の中の「この人好きだな。」という意識をちゃんと見る。そうすると、どんどん好きな人が増えていく。

無理に「嫌だ。」という意識を変えなくていい。「いや。」も「好き。」も自分の感覚だから、何がいやなのか、どこが好きなのかをちゃんと見る。

自分の意識と、ちゃんと向き合うと、嫌な人もそのまま、認められる。好きな人のことも、大切にできる。

自分がどんどんシンプルになることに気がついた。

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