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店の名はライフ、自転車屋はない。

18歳で初めて鳥取から上京した時、電車の同じ車両に、大きな四角い荷物を背負った行商の人がいた。空は晴れていて、朝だった。通勤時間帯の少し前くらいで、3つくらいある改札で、当時のぼくと同じような年代、20歳前後くらいの駅員が、数人で常にハサミをカシャカシャ動かしていた、その音が今でも記憶にある。

初めて降りた東京の駅は、中央線の中野駅だった。東京駅でも乗り継ぎをしたのだけれど、メモを見ながら、案内標識を見ながらホームを探して歩いていたので、その当時の東京駅の記憶はまったくない。

改札を出て見えた奇妙な三角形の大きな建物が中野サンプラザだということはわかっていたけど、不思議とジオラマを見ているような感覚だった。

公衆電話ボックスを探して、電話をして、出迎えてくれた下宿先の新聞販売店主は、汗っかきの40代くらいの人だった。下宿から少し離れた高円寺駅に荷札を付けた荷物を預けていたので、かなり遠回りをして、野方(のがた)に着いた。東京の朝の匂いが独特だった。

下宿先には先輩も含めて6、7人の学生がいた。同じように新聞配達をしながら学校に通う仲間だった。同級生は4人だった。

店は新聞販売店、隣の店は、陽気な明るいおばさんのいるパン屋だった。

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