CLに愛を込めて

コンタクトレンズ(CL)って、パラダイス〜♪ですね。

長い間、メガネ生活を続けてきて、コンタクトレンズに出会った人は、そう思う人が多いと思う。

美術館に行って、数歩下がって絵画を見たときに、メガネのフレームに邪魔されずに視線を動かさないで、絵全体が鑑賞できることの喜び!

CLとの出会い

ぼくは、中学1年のときに強い乱視が出始めた。まず、夜見る月が2つ見えた。あれ?ってな感じ。それから、普段でも片目ずつ見ないと気持ち悪くて、酔いそうになるくらいな感じになってきた。だから、視力は悪くないんだけど、席替えのときにいつも教室の一番前に座ることを許される一人だったりした。

それ以来のメガネ男子なので、50代でレンズを使用するまで、歪みのない、クリアな世界を知らなかったと言ってもいい。

ガリ勉メガネ

中学の当時、初めてかけたメガネは四角い黒縁でレンズが大きくて、当時「牛乳瓶の底」って言われていた分厚いレンズですよ。自分で言うけど、成績良かったんで「ガリ勉メガネ」って思われていたかもですね。真実は勉強ほとんどしなかったですけどね(暗に勉強しなくても出来ていたという嫌味な自慢)。

昨今のメガネは、フレームもレンズも技術の進歩もあるんでしょう。薄型でファッショナブルなものが主流で、度のきついメガネかどうかは見た目ではわかりません。

メガネで不自由だとは思っていなかったんだけど、ある日、メガネのフレームが修復不能なまでに壊れてしまって、ぜんぶ作り直すより早く、約半額の費用でできるコンタクトレンズを一時的に使うつもりで作った。それが約3年前。

ぼんやりした、裸眼のひととき

その後、クルマを運転するときにメガネが必要になるときもあるかも知れず、メガネも直したんですが、実は、ほとんど家ではメガネをかけない。夜、風呂に入る前にコンタクトレンズを外してからは、ずっと寝るまで裸眼で過ごします。

20センチより遠い視界は、モザイク以上にぼやけます。カタチが滲んで見える。それくらいの視力しかありません。

でも、またこの「ぼんやり」がいいんだ。ぼかそうったって、ぼかせないものが、もともとぼやけて見えるんだから。

自分の手のひらのシワや、覗き込んだ顔は、よく見える。パソコンの画面も20センチまで顔を近づければ見える。

現実には、見えるかどうかは、あまり重要じゃなかったりする。

新聞や本などの活字を見ようとすると、メガネをつけたり外したりが忙しくなります。それなら、最初から見ないか、20センチの距離で読むしかありません。

逆に全体がぼんやり見えるほうがよく見える、というような不思議なことも起こります。単純に見えるから、見えるではないのですね。不思議です。

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