ぼくは、焦っていたし、急いでいたと思う。「寝る間も惜しんで・・・。」「お金があれば・・・。」時間もお金も節約すれば、余裕ができると思い込んでいた。
きっと、傍から見れば、決してそうは見えなかったんだろうと思う。自由で、気ままで、余裕も能力もあるように見えたのかもしれない。
誰でも知っているし、感じていることだけど、夢中になって何かやっているとアッという間に時間が過ぎていく。
そして、心をしずめようと決めれば、数秒、いや、一瞬でおだやかになれる。もちろん、それもこれまでのぼくにとっては、なかなかなこと、だったけれど。
当たり前のことに、今、気がついた。
心が静かで、平穏でいられるかどうかは、時間やお金の問題ではなかった。時間やお金は要素のひとつでしかない。
なぜ、そう思うようになったか
今、乗っているクルマが電気で走るクルマで、一定速度で走るスイッチみたいなのがついていて、たとえば、50キロ制限の道路を走るのに、55キロってセットしちゃうと、ずっと55キロの速度で走れちゃう。
もちろん、前の車がノロノロだったり、後続のクルマが急いでそうで、めっちゃ接近してたりしたら、設定は変える。譲れるときは譲るし。合流や車線変更で、もたもたしてるとやばいなって感じたら、アクセルを踏むこともあるし。
それまでが、すぐ追い越したりして、けっこうブイブイ走ってたほうだから、今は結構エコだし、クルマをゆっくり走らせるのが案外楽しい。
そうやって運転しているうちに、時間って、なんだろう、心のゆとりってなんだろうって考えた。
これまで30分で行けるところに40分かかったって、気持ちに余裕があるほうが、ゆとりを感じた。理屈ではわかっていたし、そうだと思っていたのに、体験していなかったから、わかっているようで、わかっていなかった。
不思議なものだ。心にゆとりがあればいい。ただそれだけだ。