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自分が、自分らしく、ということ

ぼくは、子どものころから、ずっとちゃんとできない子だった気がする。

それは、年齢的には大人になっても、基本変わっていない。

ずっと、そう言われてきても自分ではわからなくて、なんでそう言われるんだろうと思ってた。

男でしょう。年上なんだから。肩書のある人の言うことじゃない。何しているの。立場を考えて。

やっと57歳になって、人って、年齢や外見に沿った人間像に合わせて生きているんじゃないかと考えるようになった。

みんな、人が自分を見た時に「こんな風に見られている。」と思う自分を演じているだけなんじゃないのか。

だから、会社で部下を持つと、急に偉い人を演じようとするんだろう。

外見や役割が人そのものだと錯覚をするのだろう。

腰が曲がり、髪の毛が白くなって、薄くなったって、ただの変化でしかない。みんな同じ一人ひとりのたった一つの心を持ち、命を持っている。知識を得て、技術を磨き、社会に影響力を持ち、発言に重みができる。それは、その人自身が、そうあるべきだという偶像の影に隠れているに過ぎない。本当の自分は何を感じて、何を伝えたいのだろう。

ぼくは、ずっと、死ぬまで考えていくのだと思う。

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手のひらの中のデザイン、目薬の容器

ぼくがコンタクトレンズ(ハード)を使い始めたのは、昨年(2017年)の9月終わり頃だから、約9か月になる。この間、これまで4つか5つくらいの目薬を使った。1つの目薬が、2か月くらいはもつみたいだ。

レンズ用の洗浄液、保存液は、ある程度決まった銘柄に落ち着いているけど、目薬は、いろいろ試してみたくて、なんとなく、買う度に違ったのをカゴに入れる。

コンタクトレンズでやっかいなのは、ちり・ほこり。少しでも何かあると、目を開けても閉じても、痛い。そんなときは、目薬をさして、涙で洗い流すしかない。ハンカチを取り出して、人前で盛大に泣く。

乾燥もつらい。レンズが眼球に張り付いたような感覚はなんとなく落ち着かない。まばたきも引っかかる感じがする。

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これまで目薬をいろいろ使ったとは言っても、4つか5つくらいしか使ってないから、たいしてわかってはいないんだけど、どれも同じではないということはわかった。スッキリ度とか、保湿度とか、リラックス度とか、いろいろと成分によって、感じ方が変わるようだ。

今、使っているのは、ロートCキューブ、クール。丸い愛嬌のある容器だ。

実は、容器のカタチや大きさって、店頭ではわからない。目薬のパッケージって、みんな四角い箱なんだ。丸いパッケージの目薬はないのに、開けてびっくり玉手箱だ。涙型の容器みたいなのもあったし、宝石か香水の瓶かってくらいオシャレなものもある。デザインにすごく気を使っているのがわかる。それなのに、どれもこれもパッケージは中身の見えない四角い箱って・・・。

この容器も、手のひらにすっぽりと収まるし、キャップもカチッと楽に手探りではめられる。そう、目薬のキャップをはめるときは「手探り」になる。なるべく口の部分に手を触れずに、キャップを確実にはめられるというのは必要だ。

本当にこの目薬の容器デザインというのは、よく考えられているなぁといつも感心する。

このロートCキューブも残りが半分くらいだから、来月はまた新しい目薬を買うと思う。どんな容器が登場するか、楽しみだ。

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コンタクトレンズ、見える世界
コンタクトレンズと目薬

今感じていることを、声に出す。

直接感覚で感じることは、わかります。声に出ます。

「痛い!」

「ハラヘッタ。」

「トイレ行きたい〜。」

理屈で考えると、感覚を忘れていることがあります。

何かに夢中になると、おなかすいてたのを忘れるみたいに。

どうしようかな〜っと、迷っていると、今度は忘れるのではなく、感覚を抑えていることがあります。

「おなかが痛いけど、気のせいにしておこう。」

「おなか空いたけど、我慢しようかなぁ。」

「おしっこ漏れそうだけど、ハズカシイなぁ。」

それも度が過ぎると、自制が始まります。そうなると、感覚を否定することになります。

「こんなことでお腹が痛くなるハズがない!」

「朝トースト1枚食べたし、食べなくてもダイジョウブ。」

「トイレに行きたくなるなんて。今日はもう水を飲んじゃだめ。」

この例は、極端かも知れないけど、感覚って、だんだん見えなくなることがある。

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見えてるハズなんだけど、ごまかしてるってやつ。

自分の感覚を否定していたのが、他の人のせいになると、これはヤバイ。

そうなる前に、

自分に言う。声に出して言う。今感じたことを言う。

誰かに言う。声に出して言う。こんなふうに感じたんだけど。

言える。言おう。そうしようと思う。

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浮き立つ胸のボタン

朝、時間に余裕があるときなど、ほんとうに気が向いたときだけですが、今日一日着る服のアイロンがけをします。

シャツ1枚くらいなら、15分くらいでできますから、心を落ち着けるのに、とてもいい時間になります。

毎朝準備する1枚のハンカチにもアイロンをかけます。洗濯したてのハンカチには、端のほうに、折れたようなしわができます。そのしわをくるくる回しながら伸ばして、あとは全体に中心から外に向かってアイロンをかけます。5分もかかりません。アイロンのかかったハンカチは、手触りがとても気持ちいい。どこかでトイレに行って、手を洗ったらそれまでだけれど、朝アイロンがけをしたハンカチは、それを持っているだけで、心が落ち着くような気がします。

ハンカチは、昨日のハンカチ、その前の日のハンカチくらいまでだいたい3枚くらいは持ち歩きます。少し汚れたものを拭くときは、昨日のハンカチを使って、1日の途中でも、洗面所で洗います。車の中で乾かせば、また使えます。

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さて、すっかりしわの伸びたシャツに袖を通すのは、気持ちのいいことです。

ふと鏡を見ると、胸のあたりに小さな突起が見えます。

シャツのしわが伸びているので、鏡の前で胸を張ると、右の乳首がボタンのように浮き立って見えるのです。左にはポケットがあるので、わかりません。

立ったり座ったりしているうちに、裾の方からしわが伸びてくるので、だんだん目立たなくなりますが、アイロンがけをしてすぐは、ほかにしわがないので、よくわかります。

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思い込み、というだまし絵

ぼくはこれまで、自分で「抱えている。」「たくさんある。」と思っていた仕事を、少しでも手際よくこなすために、まず頭の中で段取りを組み立てて、その段取りに従って様々なことをやってきた。

その「要領の良い、優秀な頭脳」(そう思い込んでいるだけ)らしきもので、実績も残してきたし、自分でも、これでいいんだ、このままでいいんだと考えていた。結果がすべてだと。

けれど、思い出してみると、段取りそのものが、他の人から見ると、かなりの確率で的外(まとはず)れだったことが多かったと思う。それでも修正をしながら進めていき、「結果を残してきた。」と、そこでもまったく省みることはなかった。

周りを見回してみて、世間的に優秀だと思われている人ほど、「こうあるべき。こうした方がいい。」という「思い込み」に縛られ、自分がその『だまし絵』にとらわれているということに、なかなか気づいていないんじゃないかと、ふと思うようになった。自分はどうなんだろうかと。

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ぼくは、感じている心を後回しにしていたんだと思う。

すぐに対処しようとした。拙速に行動に移していた。そこに心はなかったのかも知れない。その証拠に、心はいつも不安を抱えなければいけなかった。「これでいいんだろうか。」「どうなるんだろうか。」じゃあ、今度はこうしようか。いや、こう考えよう。そうやって、思いを空回りさせていた。

「迷いながらもがんばって生きていく。」それがニンゲンだ。そう思えれば、それでいいだろう。

しかし、そうやって知らず知らず、人を傷つけていたとしたらどうだろうか。「だって、こうだったから。」「こう言われたから。」言い訳は、本来、必要がないし、するべきことではないと思う。

ぼくは、気づけば当たり前のことなんだけど、とても大事なことに気づき始めたように思う。

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置く、捨てる、移動する

モノを手に入れる、持つ。モノを使う。

本来は、そのひとつひとつに意味がある。・・・はず。

で、

「欲しいから。」という。

「どうして?」と尋ねてみる。

「なんとなく・・・。」

なんとなく、それが感性なら、それもアリ。

感性の、その「なんとなく。」に意味があるのだろう。

きっと。

で、なんとなく、で。モノが増える。

どんどん、どんどーん、・・・増える。

いらんじゃろう。そんなに。

なんで? どうして? なんで?・・・。

今までずっと、「なんで?」を繰り返していたと思う。

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そうこうしているうちに

「モノを移動する」が「モノを片付ける」

と同義語にすり替わった。

自分ですり替えた。

自分ですり替えたことに気づいていなかった。

モノを移動させて、いらないものを隠して、それで、

片付けた、整理した。

そう思い込んでいた。

モノは増えるばかり。

いらんじゃん。こんなに。

60歳手前で、こんなことに気づく。

これは、正真正銘、バカです。

いや、60歳手前とか、年齢は関係ない。

死ぬのに年齢はない。成長するのにも、年齢はない。

老いていくのは、この次元の物質であるカラダの都合でしかない。

モノは自分のモノではなく、この世界の所有物でしかない。

置いておくなら、放っておく。

いらないのなら、捨てる。捨てる、とはこの世に返すこと。

せめて、意味があるものだけ、いつくしもう。

少し、考えました。

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モノのバーチャルな時代

人がモノを所有するのは、そのモノを自分だけが自由に使いたいということのほかに、所有することが安心であったり、自尊心を満足させるモノだったりする。

だから、モノそのものに質感や価値のないモノは、さまざまなことが、こうしてバーチャルな時代には、消えてゆく運命なのかもしれない。

たまに懐古趣味というような、ぼくが思うには、あまり意味があると思われないモノが一度消えかけて、再び脚光を浴びるみたいなことがある。

カセットテープやレコードなどがそうだ。

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レコードはわからないでもない。CDに比べて大きなジャケット・デザインが飾ってもいいと思えるものがあるからだ。

それに、高級なオーディオを既に所有している人がいて、レコードで音楽を鳴らしたいと思う人がいるからだ。

そういう人は、レコードに記録された音を余すところなく再現することで、特定の周波数でカットされるCDでは得られない臨場感が得られるのだと主張する。ぼくは、何も無理やりチープなラジカセと比べる必要はないだろうとは思うのだが、その人がこれまでかけた情熱とお金を否定することになりかねないので、うかつにそんなことはないんじゃないなんて言えない気がしてる。もちろんレコードの良さを否定するつもりはまったくない。

カセットテープやVHS、フロッピーディスク、MDなどについては、よくわからない。

ぼくも、そう言いながらも、捨てられずにいる古いメディアが押し入れのケースの中に入っていたりする。

もういいんじゃないかな、美的な価値のあるモノ、存在することに意味があるモノ以外は、バーチャルなモノに置き換えちゃえば。

ひょっとしたら、世の中には、食べ物と、自然と文化、芸術しか残らなくなるんじゃないかな。まず、働くためのオフィスとかいらなくなるでしょうし。

そう思いながら、どんどん身の回りのモノを捨てつつあります。連休は掃除しましょうかね。
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春の風、春の雨

この季節では、遠くの山々を見ると、緑がみずみずしく見えます。それはまさに今芽吹いたばかりの若葉の色に見えて、「萌えている」ということばがぴったりくるようです。

今日は朝から雨ですが、この雨もぽつりぽつりとした雨で、風景ごと水滴に包まれそうな感じがします。

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仕事の合間にコンビニの駐車場に少しの時間、クルマを停めました。そうすると、急に風が吹いて、クルマが揺れて地震かと錯覚しました。

急なニュースがあると、パソコンでもスマホでも、なんでもすぐヤフーを見るくせがついています。「ヤフートップ」ということばは「新聞の1面」に取って代わりそうですね。地震のときも、他のニュースでも、何かあると、すぐにトップページに表示されますから。

私の場合、検索はもっぱらグーグルですけどね。もちろん、ヤフーも、ビングも使いますけども。

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世の中には、さまざまな出来事が起きています。政治の世界は、なかでも日本は特にヒドイように思いますが、人間ってこんなものかと思えば、どこもそうなのかもしれません。私には、国や権力や財力などの枠組みがもう長いこと、機能不全を起こしているように思えます。

人々の間で、必要な情報は、インターネットを通じてどんどん共有されていますし、言語の壁や、国境を超えて人々は簡単につながっていきます。もしかしたら、既存の枠組みそのものが既に意味をなさなくなっているのかもしれません。今、政治の世界に見られるような泥仕合のようなものは、その枠組みにしがみつこうとする、さまざまな動きなのかもしれません。

みんな春の雨に流されて、春の風に吹かれてしまえ。

春のたわごとで締めくくります。

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鳥取発・新緑の季節

今日は2018年4月23日月曜日です。

先週末は、遠方に出かけたり、いろいろと動いていました。その疲れがどっと出たのか、昨日持病の腰痛が再発し、今朝月曜日の朝イチで医者に寄り、ひと仕事終えたところです。なんとか、2、3日で完全復帰できそうです。

見渡すと風景はすっかり新緑の季節。この時季の山の緑が美しい。

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ツツジも咲いているし、連休が来るなぁ。

しばらく、遠方にクルマで走るのは控えたいけどなぁ(笑)

腰痛が悪化しなかったのは、日頃のウォーキングの効果は出てるかな。ただ、その分どうしても体が固くなるので、今後はストレッチもじゅうぶんにやるようにしないとなーって思ってるところです。

腰痛の出ているうちに、いろいろこれをチャンスとして、自分を見つめ直したいと思う。これが連休の最中でなくて本当に良かった。ちょっとしばらくゆっくり、休めるなぁ。

そうしなさいというサインなんだろうなぁ。体が教えてくれる。

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住んでいるから、逆によくわからないとこもあるんだけど、鳥取は、旅行で訪れるにはいいところです。砂丘以外は、どこもあまり観光地化されてなくて、地元の人が大丈夫か?って思うほど。連休にいらっしゃいませ。わたしゃ、ひと休み〜♪

忘れるという善でも悪でもないこと

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年配の方から「最近物忘れがひどくって。」ということばを聞くことが多い。

そんなときぼくは、

「前からですよ。」

そんなことは言わない。そんなミもフタもない。

「忘れるから、新しいことが覚えられるんですよ。どんどん忘れましょう。」

これは、たまに言うかな。

忘れる、ということは善悪で言うと、悪であるという意識が人にはある。ぼくの中にもまったくないわけではない。

ちゃんと覚えていないと、学校で点が取れなかった。そういうことは、しっかり覚えているんですね。

さっき書いた「忘れるから覚えられる」ということは、本当だと思う。忘れるということは、頭の中で、情報をいったんどこかに置いておくということ。必要なときに、どこに置いたかがわかれば情報はすぐに取り出せる。その状態に過ぎない。

だから、忘れるということは、頭の中を整理するためには、必要なことだと思う。

なんでもよく知っている頭のいい人というのは、こうした情報の整理ができていて、スピーディにできる人なんだと思う。

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情報の整理をするときに、関連付けをして覚えることがある。

昨日あるクラスに新しく入った男性の名前を「体操のお兄さん」で覚えた。名前が体操のお兄さんと同じだったからだ。でも、今ふと、その名前、ファーストネームでは呼ばないだろうなと気がついた。たいがい姓にさんをつけて呼ぶだろう。

肝心な、その姓の方は忘れてしまった。まあ、いいや。また別の方法で覚えよう。

人の名前って、こんな風に関連付けで覚えていることが多い。

あの有名人と1字だけ違う人みたいな。

人の名前を思い出せないときに罪悪感を感じるのは、その関連付けを忘れているときだ。

「どっかで会ったはず。」とか、「なんか知ってる。」とか。

とくに「たしか小学校のときの保健の先生だったはず。」とか、お世話になったというイメージがあると、名前を思い出せないのはもどかしく思う。

まあ、いいと思います。

忘れることは、あります。

また、新しく覚えましょう。
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