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意識、無意識の世界

 前回、「意識、無意識は『氣』の循環によって形作られる。」と書きました(前回の投稿記事)。そのあたりをもう少し書いてみたいと思います。

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 人には五感(見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触れる)があります。五感で表せない感覚を「第六感」と言ったり、当岩美町出身の尾崎翠(おさきみどり)さんという作家の方は『第七官界彷徨』という作品の中で、さらに第七感〈第七官界〉があると記しています。

 一般には、こうした感覚を自覚することを「意識」といい、感覚のうち、自覚できない領域を「無意識」と呼ぶようです。

 ここで、もう一度「氣」について触れておきたいと思います。

 自然の中にいる動物は、「氣」に満ちています。身の回りにあるすべての世界を、呼吸を通じて、肌で、その瞬間瞬間に感じているからです。

 人間は「感覚」を「知覚(知識)」で補う存在です。「見ているようで、見ていない。」「聞いているようで、聞いていない。」匂いにも、味にも、触覚にも驚くほど鈍感です。こう書くと、その鈍感さに、誰しも「自覚」はあると思います。どの感覚もわざわざ「研ぎ澄ます」ことをしないと働かないのが人間です。

 「氣」を取り入れ、感性を芯でとらえ、感覚を研ぎ澄まそうとしている人もたくさんいます。しかし多くの人は「感覚」を、さらに多くの「知覚(知識)」で補おうとします。その結果、どういうことが起きるのか、想像できるでしょうか。「知識」「思考」を「意識」だと思い込むのです。そして、その「意識」を自分自身の「意思」だと誤解することがあるようです。事実、その「意識」にはその人にとっての「意味」がありません。

 「こんなときは、こうするものだ。」「有名な先生が言っていた。」「あの人は、こんな人だ。」意味ではなく「理由」を探してこんな言葉を投げつけられることがあります。

 「氣」を取り入れ、感性を芯でとらえることで、「知覚(知識)」が、正しく「知性」として働くのではないでしょうか。そして、行動に現れるのは「無意識」の領域です。「意識」が捉えられないと、「無意識」は正常に働きません。意識、無意識の世界のバランスが保てないために、現代の人々は多くのストレスを抱えているように思えます。

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見える成長、見えない成長

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 人間のからだは、トシとともに成長し、衰える。その結果死ぬのか、途中で死ぬのか、病気になるのか、ならないのかは、それぞれなんだろうけども。

 からだの変化は簡単に数値化することができる。だから、測定して、ナントカ年齢というのが流行したりする。あっらー、平均より10歳も若いわーって喜んだりする。食事や運動で誤差を縮めることが流行る。少しでも若く、健康でいたい。もちろん、それはよくわかる。

 からだの変化、見た目は、見える成長だ。だから、実際よりもっと若く見せようとする。実際よりもっと健康的なボディに見せようとする。実際よりもっと美人に見せようとする。ハゲを隠し、シミ・シワを隠す。そのままでじゅうぶんキレイな人でも、努力を惜しまない。

 知識・知能も見える成長だ。知識・知能につながる一つ一つが見えるものとして評価される。肩書や、地位なども、人には意味のあるものに見える。実績、ふるまい、態度などにも時には畏怖を感じ、全部が優れた人などいないにも関わらず、上下を決めて、それに従う。

 心や意識はどうだろうか。本来、心や意識はことばや行動に表れる。が、数字にはなりにくいし、直接評価されにくい。心や意識が表れることばや行動そのものも、見る人にその心や意識がないと見えにくい。目を見つめ、会話をして、疑念があれば疑念を晴らし、心や意識で感じたものだけが見えてくる。

 さらに厄介なことに、ことばや行動は「ふり」をすることができる。人は簡単に笑顔や饒舌、肩書や知能にだまされる。心や意識は、ただでさえ、ちゃんと見ようとしなければ見えにくい。心や意識は、見えない成長だ。

 「こうしなくっちゃ。」「とりあえずこうすればいいんだわ。」「人に合わせておこう。」「習慣だ。」「叱られるから。」「よく見られたいから。」という状態でことばや行動をこなし続けていると、心や意識が成長しない。

 ことばや行動そのものは、人の評価を得ることができる。問題はそこに心や意識があるかどうか。意味があるかどうかなのだが、そもそも成長していない心や意識のままでは、意味そのものがわからない。

 現代、心や意識が成長していない大人たちが何かと事件を起こしてはいないだろうか。表面上、見えたものをそのまま鵜呑みにしていないだろうか。心や意識の成長は、年齢や見た目、肩書や社会的地位とはまったく関係がない。

 一方で、政治の動きや人々の純粋な行動や文化の中に、心や意識の成長を見ようとする新しい時代の動きを感じるような気もしないでもない。本当の意味での平和、共生が生まれることを願ってやまない。

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