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猿の神社

 布勢運動公園、ええと、コカ・コーラウエストスポーツパーク? ここの駐車場にクルマを停めて、散歩しました。 

 Googleマップのナビにウォーキングで、「布勢 古墳」と入れて検索して、その名も「布勢古墳」というのを近くに見つけ、15分程度の距離でしたので、そこまで歩きました。少し高台になった住宅街の中、丘の上でした。

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 古墳のある広場の隅の方に「日吉神社こっち」みたいな看板が出ていたので、「この近くに神社があるんだな。」と、やっぱり興味をそそられます。古墳から竹やぶの中を降りていくと、ほぼ同じ敷地内、同じ丘の湖山側が古墳で、反対側が神社みたいな感じでした。「ひえじんじゃ」と読むそうです。ここは、「布勢の山王さん」と昔から親しまれている神社だそうです。

 神社なのに、狛犬らしきものは見当たりません。その代わり、猿の像がいっぱあります。子どもの守り神、安産、忌避けなどのご利益があるそうだ。しっかりお賽銭を投げ入れて、手を合わせました。

手を洗うところにも、お猿さん
本殿の左には子どもを抱えた猿が
本殿の右には、金の弊を担いだ猿が
古墳なのか、ただの丘なのかは素人目には区別がつかない。おそらく内部に石室があるのだろうし、上空から見ればもう少し古墳とわかる形をしているのだろう。

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こうげの白兎神社

 夕方、郡家(こうげ)に仕事に行きました。途中にかわいらしい看板が見えたので、近くの道路にクルマを停めて歩いて行ってみました。周辺に駐車場らしきものはありませんでした。地名は、八頭町福本とあります。

 田んぼの中にある小さな神社です。お社は、小さいので、遠くから見えるような大きな屋根はありません。鳥居も木立の影に埋もれているので、ふだんはそこに神社があるとは気づかないでしょう。看板がないと、そこに神社があることがわかりません。あぜ道の途中に休憩するための木陰がある、そんな風情です。夏には農作業の合間にここで休む人もいるのでしょう。

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「狛犬」ならぬ「狛兎」です。石のうさぎさんは新しくて、かわいらしい。

由緒正しき神社だと書いてあると思います。白兎神社の本家ではないかという説もあるようです。
お堂は閉まっていたので、お賽銭を入れることができませんでした。

 白兎神社というと、一般に知られているのは、大国主の命が白兎を助けた伝説のある海岸、白兎海岸の近くにある神社です。ただ、この物語に欠かせないのは、大国主の妻である八上姫という人物です。八上姫は、八頭の出身であり、白兎は、八上姫の飼いウサギだという説もあります。先日の御湯神社での「朗読と音楽 奏で」でも、宮司からさまざまな興味深い話を聞きました。

御湯神社での縁。「朗読と音楽 奏で」

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人が変わるとき

 ぼくを知っている人は「え?」と思うかもしれない。ぼくは小さい頃は、犬が大の苦手でした。遠く100メートル先で姿を見ただけで、家に駆け込んでいました。姿が見えなくても、「ワン」と吠えた声を聞いたら、それがテレビドラマだったとしても、ビクッとしていたと思います。

 今は、犬に限らず、動物はみんな好きです。東京にいた頃は、ヒマなときはバイクに乗って山を走るか、温泉に行くか、美術館巡りをするか、何もないときは、牧場や動物園によく行きました。

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 自分自身が犬が苦手だったことを忘れていました。しかし、なぜか唐突に、ふと、思い出しました。

 犬が苦手だった頃は、人も苦手だったように思います。その頃のぼくは吃音(どもり)があり、学校での国語の本読みが一番苦手でした。

 変えてくれたのは、中学校で始めた音楽だったのかなと思います。人前で演奏するときの、少し緊張する、あの感覚がイヤではなくなっていました。逆に少しずつ、心地いいと感じるようになっていました。吃音もあまり出なくなり、1年生の時に前期、後期とあって、後期の生徒会長に立候補したので、まわりは相当驚いたと思います。結果は、落選でしたが、生徒会に入って、全校集会の司会を進んでやりました。

 人が変わるということを、「心を入れ替える」「別人のよう」と表現することがあります。あながち大げさではないのかも知れません。心が本当に入れ替わる、というようなことは現実に有るかもしれないと思うからです。

 今、また何か変わった自分を見ているような気がしています。

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森の中の小さな住人の話

 昨日、森の中でアリグモという、奇妙なクモを見かけました。動きとか、見た目は一見すると5〜6ミリくらいの、普通のアリにしか見えない。でも、糸を出したんですね。帰って調べてみたら、びっくり。ハエトリグモの仲間でアリに擬態したアリグモだということでした。

 体の大きさの割に大きくて、長いアゴを持っているので、肉食系には違いないんだけど、何を食べるのかなあ。蚊とか、蛾なんかを食べるのかも知れない。はっきりしたことはわかっていないようです。

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 以下のリンク先は、このページにある写真だけでも気持ち悪い「アウト〜ッ!」「苦手」という人には【閲覧注意!】です。とても詳しい説明と写真が掲載されています。世の中には、探究心が旺盛で熱心な方もおられるんですね。ぼくは、こういう生物がいた。びっくりした。でオワリ、なんですが。あらかじめ、ちゃんと伝えておきますが、タイトルからわかるように、この方のブログには、ゴキブリの写真が満載です。以下のリンクだけなら、アリグモだけなので、興味のある方は覗いてみてください。

ゴキブリが親友です!嫌われ者の王様は僕にとっては益虫だった!?

 Wikipediaにも情報がありました。以下のリンクをごらんください。

Wikipedia アリグモ

 ときどき、人間こそ、他の人間に擬態して似せようとする生き物なんじゃないかなとか思ったりします。考えすぎでしょうか。

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女の子たちの部屋、初訪問

 今日からしばらくは、あちらこちらのオカリーナ教室の皆さんとの訪問演奏が続くことになる。今日皮切りは、鳥取医療センター内に設けられている白兎養護学校卒業生の重度の方の訪問学級だ。ここには、2014年10月19日、2015年2月15日、10月18日、2016年10月16日、そして本日2017年6月18日で、5回目になるようだ。ここは、ホールでのオカリーナ教室の皆さんとご一緒での演奏のあと、今回初めて、ご要望をいただいて、一人で女の子たちの部屋を訪問することになった。

 ホールでの演奏でのお客様はベッドと車椅子の5名。それぞれに様々な表情や声の変化で、反応し、ときに何か伝えようとしているのがわかる。ずっと赤ん坊のように泣いていた女の子が、ぼくが一人でオカリーナを吹き始めると泣き止むのが不思議だった。終わったあと、一緒にいたオカリーナ教室の生徒さんたちが、泣いていたのは歌声で、ぼくの演奏のときは、聞いていたんだって解説してくれた。なるほど、そうだったんだー。

 聞いたことがない曲を聞くと、痙攣のようにガタガタ震えだす方もいた。介護のボランティアの方のほうが驚いていたように見えた。ふだんはこんなに反応はしないのかも知れない。その方は、終わる頃には痙攣が止まり、すっきりしたおだやかな表情に見えた。

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 10年以上前、障害を持っている方を対象にしたパソコン教室をやっていたことがある。そのときにたくさんの重度の方と接して、表情や動作など、外観だけでは、知性や感受性などの内面は計り知れないことを知った。当時、補助講師には、正直に「どう接していいかわからない。」「怖い。」「気持ち悪い。」「いやだ。」と表現してくれる人を選んでお願いした。同じような気持は、ぼくの中にもある。取り繕って、なんでもないという素振りを見せようとする人ほど、実際には彼らを見下していることがわかっているからだ。ぼくにとっては、そのように取り繕って自分を隠して生きている「一般の」人の方が、よほど、本当に怖いし、気持ち悪い。

 さて、ドキドキの初訪問だ。なんてったって、十代から二十代の女の子たちだ。彼女たちにとっても、ナマの演奏が聞ける、めったにない機会だという。開け放しの入り口から一歩入ると、廊下からは見えなかった、野球場のスコアボードのような巨大な電光掲示板が見えた。数字が色付きで表示されていて、ピコピコ電子音が常にいくつも聞こえる。演奏しながらベッドの間を歩いてくださいという無茶振りに応えて2曲を演奏した。付き添いの方の他に医師や看護師が何人もいて、時折電光掲示板を見ながら何やら仕事をしている。大変そうなのに、笑顔だ。

 数字のひとつが赤い文字になって、点滅すると、ベッドのひとつに数人が駆け寄る。音楽に反応しているらしい。喜んでいると言われても、ぼくにはまったくわからない。はあー、なんか緊張したなあ。まあ、初体験ってこんなものかも。ここは、誰もが入れるわけではない。また機会があればぜひもう少し反応がわかるといいなと思う。付き添いのご家族らしい方の笑顔に救われた時間だった。

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パソコンとオカリーナ〜音楽って素晴らしい。みゆうのライブ情報はここにあります。
音楽ライブユニット ぽんかん。

箱に入っていた姫

 お米のお酒、日本酒はおいしいと思います。人によっては、体質でいろいろあるようなので、ぼくは日本酒が飲めて幸せです。その代わり、ぼくには肉の脂身が合いません。たまにおいしくいただくことはあるんですが、かなりの確率でお腹を壊します。肉は好きなんだけど、残念な経験が記憶にあります。どうもそういう体質のようです。

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 ここのところ、6月に入ったというのに、朝晩が肌寒く感じられます。今日は燗にできる酒を買って帰ろうと、鳥取市のバッカス宮長店という酒屋に寄ってみました。それで、「鳥姫」というネーミングに惹かれて、この酒を買ってきました。口当たりがソフトなお酒です。燗にしてみたけど、これならオン・ザ・ロックの方がいけそうな気がします。少し鼻に抜ける清涼感というか、ちょっとした酸味のようなものがあります。後味が爽快です。

 まったく、思いつきでそう思うんですが、真っ白なバニラアイスにそのままかけてもおいしいかもしれない。さあーっとかき氷にシロップをかけるように、バニラアイスにこの日本酒をかけるんです。明日、ぜひやってみようと思います。あ。もちろん、少量でもその後は運転はしません。

 おいしい日本酒は、料理の隠し味にも使われます。このすっきりした後味、かすかな酸味のこのお酒は、カクテルベースとしてもいいかも知れない。

鳥取の東照宮、通称樗谿(おうちだに)神社です。葵の紋がここにもあります。
 「鳥姫」というのは、お米の品種の名前のようです。鳥取にはおいしいものがたくさんあります。どこでもそういう言い方をするかも知れませんが「じげのもん」です。じげのもん(食材、料理)が、なんでも普通においしいのが鳥取です。またひとつ見つけました。とここまで書きながら、酔っ払ったので、寝ます!!

 冒頭の画像は、路傍に咲くタチアオイの花。葉っぱはいわゆる「葵の御紋」徳川家の三つ葉葵そのままです。色はいろいろですが、いっぱい蕾をつけていて、下から咲いていくのが独特のスタイルになっています。

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ぶらり、墓参り

 毎朝だいたい行く場所がちがうので、朝の散歩はいろんな場所に行くことになる。

 今朝は、久しぶりに伊福部昭さんの墓に行ってみようとクルマを走らせた。線香もロウソクも持たないで、ぶらっと墓参り。

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 その途中にちらっと「池田墓所」という立て看板が見えたものだから、ピーンと来て、ここに寄ってから行こうと決めた。

 名前だけは聞いたことはあるが、行ったことがなかった。観光案内の写真で見たことはあったから、亀の台座に載っているお墓というイメージはあった。奥谷という地名も聞いたことはあった。鳥取の昔のお殿様のお墓、それ以上のイメージはなかった。たぶん、それぐらいの知識があれば、それでじゅうぶんのような気がしていたからだと思う。

池田墓所入口
 住宅街の中の細い路地を進む。どうにかすれ違いできるかできないかくらいの道だ。その奥に、駐車場とトイレがあって、ちょっとした森の中の公園のような景色が見えてきた。

 駐車場から既に見えるのだが、巨大な墓石がその「森の公園」の中に、いくつも建っている。墓参の道は石畳になっているけれど、コモで養生してある。この冬の大雪で、灯ろうもたくさん崩れてしまったらしい。

 ここに、第十一代までの墓があって、そのほとんどに亀の台座がついている。それぞれの墓所の中に、また墓があり、墓参の道には灯ろうがいくつも建っている。

初代光仲公のお墓には、大きな蛇の抜け殻が台座の周囲に沿ってありました。

 初代光仲公の墓所から振り向くと、墓参の道が見える。この道が人で埋め尽くされた様子を想像してみる。初代のときは、もちろん二代目以降の墓所はなく、近くに住居もなく、深い森だったと想像できる。また、かつては、木造の回廊や廟所(びょうしょ)も建っていたらしい。入口の門だけが再現されていて、遠い昔に思いを馳せる。

池田家墓所、初代光仲公の墓碑の立つ場所から振り向くと、長い廊下のような墓参の道が広がる

 その後、宇倍神社、伊福部家墓所にも足を伸ばす。その先に七宝(しっぽう)神社という標記が見えたが、行ってみると、七宝水という湧き水が出るところがあった。この水が宇倍神社の手洗水まで引かれているらしい。この日は、水は出ていなかった。七宝神社の社殿は残っていないのかも知れない。

 宇倍神社の鳥居のそばに蓮池がある。ここを深い緑色のとんぼが、3羽ほど、ゆらゆらと飛んでいた。

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酉年(とりどし)にぴったりの神社

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 鳥取市から西向きに走り、吉岡から福井あたりに抜ける道の途中に、田んぼに浮かぶ島のような、こんもりした丘がある。そこを通るたびに鳥居があるのが目について、気になっていた。2017年6月9日、昨日の朝、多少の時間の余裕があったので、参拝してみることにした。

 参道の入口には、「式内 天日名鳥命神社」の碑が立っている。しきない、はわかるんだけど、神社の名前が読めない。「てんぴなとりのみこと」?いや、天はアマだな。帰って調べてみたら、「あめのひなどりのみこと」でした。ひなどり!そういえば、今年は酉年だったな。そう思うと、なんだか嬉しい。

 この日は昨日までの雨が晴れて、田植えの終わったばかりの水田が一面に広がっている。白鷺だろうか、田んぼで羽を休めている白い鳥が見える。

 参道は山裾からジグザグの階段になっていて、階段を登ると、昔からの森がそのまま残っているように感じられる。鳥居をくぐったあたりにも灯ろうと、一対の狛犬があったが、すぐ近く、階段の入口にもあった。

 開運八社巡りという赤い幟旗がところどころに立っている。

 おもしろいのは、境内の中央、社殿の真ん前にどーんと扇形の石が置かれていたことだ。ネットで調べてみたけど、なんの石かわからない。

 なんとなく、そこに農作物を置いて、しゃがんで拝むのにちょうどいいのかな。そんなことを思った。お米をまいたらそのまま鳥が集まってきそうだし。本当のところはよくわからないのだけれど。

亀甲に大の紋章
 丘の上、木漏れ日を受けて建つ赤い瓦の社殿。昔、ここに大きな岩があって、その岩に腰掛けて釣りを楽しんでいた神様がおられたそうな。昨年あたりから、どうしたわけか、神仏にご縁がある。こうした場所を訪れるたびに、空間がまたひとつ広がっていくような気がします。

 参拝した後、鳥居を出る時に、自然に振り向いてゆっくりとお辞儀をするようになりました。

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2017オカリナフェスティバルin神戸へ

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 宍粟市にあるテレマン楽器は、オカリーナの品揃えが豊富なことで有名な楽器屋さんです。以前から楽器の仕入れには、ちょくちょく寄っていました。昨年、今年と2年続けて、ぽんかん。で市民センター波賀で演奏させていただいたり、先日は姫路でも演奏しました。いろいろなご縁があって、今年は2017オカリナフェスティバルin神戸に出場することになりました。

 この度の出演は、宍粟市のオカリーナ演奏グループpollo(ポーロ)のメンバーとしての出場です。polloというのは、イタリア語でチキン、鳥、という意味だそうです。オカリーナがガチョウだし、2017年は酉年だし、ということで、昨年末につけた名前です。

 演奏する曲目は、「いつか王子様が(Frank E. Churchill作曲・小山京子編曲)」「ねこバス(久石譲作曲・茨木智博編曲)」の2曲。昨日はメンバーのうち、5人が集まって、テレマン楽器の秘密の部屋「フクハラ亭」でみっちり練習しました。気がつけば3時間があっと言うまでした。大判焼き、うまかった!

 当日は、これまでお会いしていない他のメンバーも混じえて、大人数でのアンサンブルになる予定。夜遅く集まって、練習しているそうです。頼もしい存在です。

 今回初めてオカリーナ用のスタンド(テレマン楽器オリジナルのオカリーナテーブル)を購入して使ってみました。ケースに収納すると、想像以上に大きい。電子ピアノが入りそうな大きさです。それほど重くはないんだけど。ああ、でも持ち替えが楽だ!当たり前だけど。見た目もこの方がいいですね。そういや、今日からわたし、ヒゲ生えます。秋には剃るけど。

 画像は、岩美に帰ってから見た夕日。もう日没は過ぎていたのですが、いつまでも明るくて、きれいなグラデーションのまま暮れてゆきました。う~んビューティフル! いい一日でした。

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昔むかしのおっさんの話

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 「おっさん」というときに、「おっ」を低く、「さん」を高く言うと、「おじさん」「オヤジ」になります。逆に「おっ」を高く、「さん」を低く言うと、「おしょうさん」つまり、お寺の住持(じゅうじ)、いわゆる住職(じゅうしょく)になります。いや、この辺だけの呼び方かも知れません。あまり「おしょうさん」「住職さん」とは言わないで、「おっさん」と言います。もちろん、その言葉には敬意が込められていて、「おっさんはいつきなるだ。(住職さんはいつ来られるのですか。)」とか言います。

 岩美町には昔むかしのえらいおっさんというと、よく名前が出るのが、通幻禅師と、仙英禅師の二人がおられて、どちらも碑が建っています。上の写真は、通幻禅師のほうで、岩美町の浦富の住宅街の中にあります。座禅をしたおっさんの像の傍らに「母子愛碑」と彫られた碑も建っています。これは、この地方に伝わる「飴買い幽霊」のお話があって、墓の中で生まれたと伝えられているからです。もっとも、このおっさん、出家したのが大分のお寺だそうで、大分で生まれたという説もあるそうです。なにしろ約700年も前のこと、今となってはよくわかりません。

 一方、この写真は仙英禅師の碑が建っているところから日本海を写したものです。国道178号線からも登れるし、岩美駅からも近く、岩美中学校の裏手の丘の上になります。このおっさんも、通幻おっさんより、ずっと後の江戸幕末の人で、井伊直弼が安政の仮条約を結ぶきっかけを作った人らしく、この仙英おっさんがいなかったら、日本の歴史は今とずいぶん変わっていたかも知れないぐらいの人物のようでした。

 鳥取市の景福寺を開山したのが、通幻おっさんで、仙英おっさんも、この景福寺の住持をしているときに、井伊直弼にスカウトされるているらしい。二人のおっさんの共通点がここにもありました。

 現代も、いろいろと不安な情勢がありますが、こんな立派なおっさんがいたら心強いですね。

 でも、もし二人が現代に生きてたら、「こがいな碑ぃ建てんでもええけ、あんたらぁが一人ひとり、しっかりしないや。」って言うかも知れません。

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