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浦富海岸健康マラソン大会

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 「浦富海岸健康マラソン大会」は、海岸近くにある岩美北小学校をスタートして、美しい海岸沿いを走る最長コース10キロの市民健康マラソン大会。10キロのコースでは、途中にある田後港、城原海岸、鴨ヶ磯、網代と海岸沿いの曲がりくねった道を走る。地元の中学生や高校生も混じえて走る3キロ、5キロのコースもある。2017年5月14日(日)の大会は、第32回となり、参加人数も定員が2,500人と賑やかだ。

 浦富海岸(うらどめかいがん)は、美しい海岸の風景で有名だ。夏には海水浴場になる砂浜も、地球の歴史を刻んだ点在する磯の島々。青い海、青い空、白い雲、松の林、質素で落ち着いた町並み。鳥たちは舞い、人々は穏やかだ。

 ここは昔からこんな風景で変わらなかった。しばしば映画やアニメの舞台となり、人々の記憶と映像の中に幾度となく刻まれてきた。京都府から連なる山陰海岸の一部であり、近年は世界ジオパークネットワーク、アニメfreeの聖地としても知られている。国内はもとより、海外からも訪れる人が多く、観光名所として知られている。

城原海岸ドットコム(山陰海岸ジオパーク城原海岸)

 それにしても、今日は青空だった。前日まで雨模様だったが、この大会では不思議と雨が降らない。雨の記憶があまりない。走っているランナーは苦しいはずだが、楽しそうだ。みんな今日はいい一日だったと思う。

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なおちゃんのほっと通信

 「なおちゃんのほっと通信」No.15が届いた。鳥取県議会で議員をしている広谷直樹さんの広報紙だ。私自身には特に支持する政党はない。岩美町の人だし、元は音楽を通じて知り合った人なので応援している。

広谷なおき公式ホームページ

 記事の中にわからないことばが出てきたので、あとで調べてみようと思う。これは備忘録である。

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GAP認証制度

 H29.2月議会で一般質問に挙げられたそうだ。ガップではなく、ギャップと読むらしい。グローバルGAPとか、JGAPとか、いろいろあるらしい。国際社会で通用する認証制度らしい。

HACCP認証制度

 食品衛生管理の国の基準で、これはハサップ・・・にわかには読めないが、ハック・シーピーとか読みそうになる。食品事業者に義務付けることになったらしい。

 新しい制度ができると、体力のある大きな企業は対応できるが、個人経営など零細企業になると、事業によっては撤退せざるをえないケースも出てくる。そんな時に行政が支援するのがいいのか、難しい面はあるんだと思う。農産品の多くは国内で流通して消費されているわけだけれど、既にそうなっているように、海外からの農産品が国内の市場にたくさん出回っている現実がある。逆に国内生産の農産品を輸出しようとしたときに、品質はあるのに、認証を受けていないために、国外に輸出できない農産品があることが問題になってくる。認証を受けようとする事業者がもっと容易に受けられるようにしたいとの思いが伝わってきた。

空洞人間

 もちろん肉体という物質として見たときには、空洞人間なんてものは存在しない。本当に薄っぺらの着ぐるみみたいなものが街を歩いているって考えたら、なんだか気持ち悪い。

 でもさ。自分に問うてみる。これまでの自分は、ぐるぐるぐるぐる考えて、見せる自分を作ってきたんだ。自分じゃダサいって思ってても、人がカッコイイって言ってくれればいいわけさ。そして、もっといい人、もっとできる人になろうとしてた。そう評価されるように。今よりもっと、人よりもっと。

 でもいろいろあって、それって中身あるんかなって気が付いた。肉体も人に見える自分も、途中経過や結果がそこにあるだけなんじゃないか。そこに中身が無かったら、空洞人間、一丁出来上がり、だよね。

 まず見えてきた自分が気持ち悪かった。自分の中に黒い塊みたいなのもあって。そいつも一緒になって、人から見えるものを作ってた。ガンバルってそういうことだったのだ。めちゃめちゃシンドかったけど、そうするもんだって考えてた。人も、そうしてる。それこそが努力なんだと。社会がより良い人間であることを求めていると思い、それに従って生きてきた。

 もういい。自分に従って生きようと思う。ここにいる自分は、まだ気持ち悪い空洞人間かも知れないけど、結果に幻想を見るのはやめにする。

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sirawara.com《しらわら・ドットコム》発信

 ここ田後にある城原海岸は、世界ジオパークネットワークに加盟している山陰海岸の中でも、美しい海岸です。この城原海岸は、春に菜の花が咲く菜種島、幽玄な趣のある鴨ヶ磯、遊覧船など、船から眺める絶景である千貫松島など、象徴的な風景がたくさん見られます。季節ごとに表情を変え、毎日見ていても飽きることがありません。

 さまざまな記事の中にこの景色を埋もれさせてはもったいないと思い、城原海岸だけをテーマにサイトを作りました。その名もしらわら・ドットコムです。皆さん、見てください。「城原」の読みは「しろわら」「しろはら」とも言いますが、地元では「しらわら」と呼ばれています。

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歩きだす名前

 人は、生まれてすぐに最初の名前がつく。そして、死ぬまでにいくつもの名前を身につけていく。男、女、誰かの子、兄弟、生誕地、学校、あだ名、会社、役職、資格、団体、勲章、戒名・・・。

 岩美の人は、見知らぬ人を見かけると「どっから来なっただ。」「あんねのもんか。」と聞く。お礼を言うときも「どこの誰かは知りませんが、親切にしてくれてありがとう。」とは言わない。まず、どこの人か。知っている人の身内かどうか。それが気になる。本当に気になるから聞くだけで、まったく悪気はない。

 三十歳頃に東京から練馬ナンバーの軽自動車で帰ってきた。近所の小学生に「おっちゃん、また来ただか。」と毎日言われた(笑)。何ヶ月後かには「おっちゃん、いつ去(い)ぬるだ。」と言われた(泣笑)。自宅で仕事を始めてもう18年目になるが、未だ親戚や近所の人には「今日は休みか。」と言われる(脱力)。出張専門にやっているため、看板を出していない。だから、本当にそう思うから言うだけで、まったく悪気はない。

 人は、どうして名前を欲しがるのか。どうして名前ではなく、そのままの人の心を見ようとしないのだろう。歩きだす名前に自分を預けたくはないと思う。

感覚の浸潤力

オカリーナ四重奏サンクトゥス

 丸い形を見て「丸い。」と思う。これはごく当たり前の感覚で、直感的な一次元的な感覚だ。

 そして、同じ丸でも「大きさ」「歪み」「色」、「質感」など、その丸が持っている特徴を捉えることができる。これは頭の中で写し絵をするように、見えているものの特徴をつかんで、イメージとして描く、二次元的な感覚だ。

 人々が多面的にものごとを捉えるというとき、この二次元的な感覚を積み重ねてゆくことを意味することが多い。頭の中では、たくさんの写し絵のカタログを集めて、その写し絵にさまざまな情報を書き加えていく。とても高度で熟練を必要とする人間ならではのものの捉え方と言えるだろう。知的、あるいは論理的と言われる方法だ。

 それでは人間以外の動物はどうだろうか。彼らは、ものごとを知識として捉える能力が乏しいのだと言われることがある。本当にそうだろうか。もしそうだとしたら、彼らはなぜ過酷な自然を生きられるのだろうか。人間は、彼らから学ぶことができる。知識や行動ではなく、感覚を研ぎ澄ませ、まず心で受け止めることが大事なのだと。感覚が瞬時に心に行き渡ることを「感覚の浸潤力」と呼んでみた。感覚を心で受け止め、大事にすること。その受け止めたものを心に行き渡らせることが必要なのだ。

 そうやって、心から感じたことこそが、行動に生かせるのだと思う。

 写真は、2017年1月23日月曜日、今朝の鳥取市内の風景。大雪でした。次の予定まで動けないので、コンビニの駐車場で次の時間までと思い、文章を書きました。そう言っている間にも真っ白になり、駐車場の出口に立ち往生したトラックが・・・。

平熱の体温を計る

>【日本正規代理店品】Jawbone UP3 ワイヤレス活動量計リストバンド 睡眠計 心拍計 ティール クロス JL04-6262ACH-JP

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感想(0件)

 「なんとなく寝不足だなぁ。」と思いつつ、夜中の1時、2時までだらだらと起きていて、それが普通という感覚だった。今でもそうだけど、目覚ましがなくても毎朝同じような時間に起きられた。でも、やっぱりいつも睡眠不足は解消されなくて、午後、夕方時間があくと、昼寝をしてしまう。こんなことなら、ちゃんと睡眠をとりたいと思い、自分の睡眠の状態を見ることができるJawbone UP3に興味を持った。UP3というのは、アクティビティトラッカー、日本語でいうと「活動量計」のひとつだ。UP3発売当初、発売延期があったり、いろいろなトラブルがあったために大きな有名サイトで酷評され、評判を落としてしまったが、製品そのものはその後もいくつかの改良を加え、アプリも新しくなって良くなっている。REM睡眠や深い睡眠の状態を毎日詳しく見ることができるというのは、しばらく前では考えられないことだった。

 睡眠の状態が詳しく見えるようになると、今朝はREM睡眠が少ないから、今夜は頭を休めようとか、時間が足りなかったので、早く寝ようとか、しっかり睡眠を取るようになるし、一定の時間に眠りにつくようになる。それからUP3の特長は、微弱電気により心拍数を計測できること。これも自分の体の状態を知るうえで欠かせない。歩数ももちろん計測できる。

 ある時、平熱の体温を自分が知らないことに気が付いた。これまで自分の体温を計るというと、風邪をひいたときか、病院で検査をするときくらいだった。病院そのものにはここ何年も行っていない。そこで、体温計を購入し、記録することにした。UP3のアプリには、体温を記録する項目がなかったので、iPhoneの「ヘルスケア」で記録をとることにした。体温計っていうと、もう水銀を使った体温計はなくて、電子式で、早く計れる機能のついたものがほとんどだ。体温計も電気屋で買う時代なんですね。ぼくは、いろいろ機能のついたものではなく、しっかり時間をかけて計れるシンプルなものを購入した。これが一番安いし、長持ちする。

オムロン 電子体温計 「けんおんくん」【わき・口内両用】 MC-170[MC170]

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音楽教室の本棚

オカリーナ三重奏「埴生の宿」

 これは、パソコンデスクの下にある棚、足元の空間です。ここには、本棚に収まりにくい背の高い本を並べています。本と本に挟まれてぎゅうっとサンドイッチになっているのは、コンパクトサイズのシュレッダーです。楽譜集など、音楽関係の本って、A4か、A4より一回り大きいサイズのものが案外多いんですね。それで、結果的にこの空間には音楽関係の本が集まってしまったというわけです。もちろん、これは一部です。

 テレビで学者さんや作家さん、あるいは政治家とかがインタビューを受けている背景に、図書館か?っていうくらい、背の高い大きな本棚にびっしりと難しそうな本が並んでいる、という風景を見たことを、ふと思い出しました。他の人の場合には、漫画のシリーズ本が順番に並んでいたり、本棚に入り切らない本が、ランダムに積み上げられている風景があったりと、本棚やその周辺を見ると、その人の日常の景色が見えるような気がします。

 私は、以前は文庫本などよく買って読んでいましたが、今は文芸書はほとんど買いません。繰り返し読む本以外は無駄に思えるからです。1回読むだけなら、図書館で借りるか、今はkindleでも、タブレットでも読めます。パソコン関係の専門書も最近はほとんど買わなくなりました。最新本の内容が半年後には古くなってしまいます。2〜3,000円払って買った本を束にして処分するのは、もう、もったいないですね。

2016年を振り返り

 このホームページの更新ができなかった2016年11月、12月は疾風のように駆けていったような気がします。

 2016年は、音楽ライブユニットぽんかん。が摩尼寺とつながったこと、これが何よりも大きなトピックでした。私たちは5月に縁があって、常駐しておられる居川敬信さんというお坊さんと出会います。ご住職は現在鳥取市立川にある大雲院と兼ねて住職をしておられるということで、ふだんはこのお坊さんがたった一人でこの寺の行事を執り行っておられます。出会ったその日にたまたま持っていたオカリーナを本堂で吹きました。音が雲のように天井に広がり、包み込むような響きがしたことを鮮明に思い出すことができます。ぼくは感動すると同時に、コンサートホールとは違う感覚に不思議さと軽いめまいのような浮遊感を感じていました。それでも二人で何度か訪れ、居川さんと話をしているうちに、谷口さんからここで自由な練習会をしてはどうかという提案がありました。

 ぼくが行っているオカリーナ教室の皆さんに声をかけて、10月まで5回の練習会を、本堂の奥にある如来堂で開催しました。摩尼寺については、中国観音霊場のホームページがありますし、ぼくのホームページの方でも詳しく書こうと思っています。

 谷口さんから、この如来堂で録音してぽんかん。のCDを作ろうという提案があったとき、漠然と童謡唱歌を収録するのかなというぐらいの考えしか浮かびませんでした。「ピアノは?電子ピアノ?」「オカリーナで?歌で?」考えがまとまらない中で、降ってわいたようにfacebook上の共通の知人であった吉田幹男さんという方から「こういう曲はどうだろう。」と大伴家持の歌に伊福部昭が作曲したという万葉五首の5曲の提案がありました。最初はどうしたらいいのか、イメージがわかなかったのだけれども、これまで、オカリーナと歌だけで演奏する曲目が既に何曲かあって、そのスタイルでやってみようということになりました。その後の機材の選定や録音の方法などの詳しいことはホームページの方に書くことにします。

智慧と道具の物語

 人類にとって、最初の道具は木切れだったり、石ころだったり、ごく身近なものだった。そんな遥かな昔から、人類は道具を使い、智慧を身に付けてきた。

 道具や智慧はムラなどの共同体、コミュニティーの中で共有され、大切に受け継がれていった。

 コミュニティーがまた別のコミュニティーと交流し、道具や智慧が広がって定着することで、文明を築いてきた。

 道具や智慧は、人々の心と結びつき、芸術や文化を育て、暮らしを豊かにしてきた。

 最初はごく単純な道具だった。それが、だんだんと高度になり、複雑なものが増えていった。それを使うための技術がもてはやされるようになった。

 人々が気づかないうちに、智慧は心を離れ、争いを始めた。