「essay」カテゴリーアーカイブ

智慧と道具の物語

 人類にとって、最初の道具は木切れだったり、石ころだったり、ごく身近なものだった。そんな遥かな昔から、人類は道具を使い、智慧を身に付けてきた。

 道具や智慧はムラなどの共同体、コミュニティーの中で共有され、大切に受け継がれていった。

 コミュニティーがまた別のコミュニティーと交流し、道具や智慧が広がって定着することで、文明を築いてきた。

 道具や智慧は、人々の心と結びつき、芸術や文化を育て、暮らしを豊かにしてきた。

 最初はごく単純な道具だった。それが、だんだんと高度になり、複雑なものが増えていった。それを使うための技術がもてはやされるようになった。

 人々が気づかないうちに、智慧は心を離れ、争いを始めた。

空想の散歩。ちょっと空っぽになってみる

 何も考えない。何も知らない。ただ感じるだけの存在としての、自分を想像してみる。生まれたばかりの赤子のように。光を感じ、ぬくもりや冷たさを感じる。風景はただ見えるだけで、意味を持たない。

 そうやって想像していくうちに、ふだんの自分が感じたままを感じているのではなく、経験や知識と思考を通して風景を見ていることに気がついた。頭の中にその経験や知識の付箋で書かれたメモのようなものがあって、即座に反応する。危ないと感じ、それを避ける。この付箋の一つ一つが元になって、どんなふうに行動するのかを決めている。そこに、確かな意識はあまりない。そして、その中で形作られる付箋のカタマリでしかない人間像を自分自身だと思っていた。

 好きだとか、いやだとか、ほっとするとか、こわいとか。自分の感情だと思っていることがらの多くは、実はこの付箋のメモのひとつの項目に過ぎない。

 びっしりと貼り付けられた付箋のメモを一度に剥がすのは無理だが、ときどき一枚一枚めくってみることは必要なのだろうと思う。

 空想することはいつでもできる。一度にぜんぶを空っぽにすることはかなわないことだが、何も考えない。何も知らない。ただ感じるだけの存在としての自分を想像することで、やっと本当の自分自身を知ることが出来るのかもしれない。


人生はグラフでは表せない

 人々は人生をグラフにたとえることがある。成長してゆく、衰えてゆく。成功する、失敗する。そのたびにグラフが上がったり下がったりする。人生は、山あり谷ありで、生まれてすぐに上りはじめ、老いとともにだんだんと下り坂になる。多くの人々がそんなイメージを抱いているようだ。

 それなら、小さな子どもが、よく泣き、よく笑うのはなぜだろう。一方で成功者の心が必ずしも晴れているように見えないのはなぜだろう。実は、その上がり下がりを感じているのは、人の思考であり、心なのではないのか。

 心は人とともにあって、たがいに見つめるだけで自然に成長するのだろう。私の場合は、無理に育てようとして、育っていなかったような気がする。

 最近、私の中にも「黒い心」が存在することを知った。「心の傷」と言い換えてもいいだろう。「傷」だとすれば、とっくに「癒えている」ものだと思っていたし、その「黒い心」は自分にとっては、「論理的で正しい心」のようにも見えていた。それは、ふだんの私を知っている人が見たら、まったく別の人格に見えるほどなのだが、私の中では切り離すことのできない私の心の一部だった。他の誰かに私の「黒い心」を指摘されることを避けてきて、ときには攻撃的になった。でも、それが自分では見えていなかったのだ。

 今でも、その「黒い心」は存在する。今までと違うのは、そこから目をそらしたり、守ったりしようとしないで、ただ見つめようとしていることだ。それがこれからの自分を変えることになると思っている。

 人生をグラフにたとえなくていいと思う。人は誰でもいつでも、そうしようと思えば、豊かな心を持つことができるのだと思う。

上質な心を持つことの意味

 誰もが、木綿のシャツよりもシルクのシャツの方が上質だと思うだろう。軽自動車よりもベンツの方が上質だと思うだろう。田舎のアパートの一室よりも都会のマンションの方が上質だと思うだろう。中卒より東大卒の方が上質だと思うだろう。

 人々の思考の中には、優劣をつけて考える思考がある。それが自然な思考なのだと思う。いつも清潔なブランドのシャツを着たい。ピカピカの高級車に乗りたい。洗練されたマンションで暮らしたい。我が子だけはいい学校に進学してほしい。

 そこにある心はどうだろうか。シャツやクルマや家や学歴で心が変わるだろうか。

 そこには、経済的格差があるだけで、決して心に格差があるわけじゃない。シルクのシャツを着ていても、心が温まらない人もいる。ベンツに乗っていても、ロールスロイスじゃないと満足できない人もいる。マンションに暮らしていても田舎に暮らしたい人もいる。東大を卒業してもその意味を見つけられない人もいる。

 心を見つめた時、その心の穏やかさ、豊かさ、確かさを感じられるなら、それこそが上質な心なのだろうと思う。

ホッピー!

 関東に住んでいたころは、割とポピュラーで、どこでも飲んでいたものだが、鳥取に帰ると、見かけることがあまりない。時々懐かしくなります。

 ふと、思いついて、イモ焼酎とビールを割って飲んだら、何となくホッピーに近い飲み口で懐かしく感じた。ただ、当然アルコール度数は高くなる。どうぞ飲みすぎにご注意を。ちなみにノンアルのビール風飲料で同じように焼酎を割って飲んでも同じだろうか。でも、それなら、ホッピーの方が美味しいような気がする。どうなんだろう。

 48本入りで5,200円ということは、1本当たり、108円!ってずいぶん安いもんだな。これだけなら、ノンアルビールと同じだから、昼間でも缶コーヒーを飲むより安く飲めますね。ちょい、魅力。

 関東の人には物珍しくないが、こっちでは意外と贈り物としても喜ばれるかもしれない。「懐かしい!」という人もいるだろうし。

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