がたぴし

 ひゃっはー! 連日暑いですね。

 いかがお過ごしでしょうか。

 暑中お見舞い申し上げます。

 この暑いときに、九州はえらいことです・・・。

 鳥取県も昨年は中部で大きな地震がありましたが、災害はいつどこに起きるのか、全世界的な、地球的なと言いますか、気候の変動もあって、年々規模も回数も増えてきたように思います。

 明日は我が身かも知れません。

 被災された皆様の一日も早い復興を祈ります。

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 話は変わります。

 数年前にあるお坊さんに教えてもらったことがあります。

「その窓、戸が『がたぴし』言うでしょう。木枠で古いけん。この『がたぴし』言うのは、実は仏教用語なんよ。自分と他人とが、勝手にあっちだこっちだって言い合うと、噛み合わんでしょう。そんなときに『がたぴし』いう音がするだがなぁ。『我他彼此』と書いて、ものごとは自分のことだけじゃなしに、自分以外のもんも見んさいよ、いうことなんよ。」

 どうしてこの言葉を思い出したかというと、ふと『神の声を聞く』とはどういうことなのかと、歩きながら考えたことに始まります。

 神が今の自分を見たときに何を言うのだろう。何を教えてくれるのだろう。神社で手を合わせるときに耳を澄ませることがあります。

 神の声が聞こえたのか?

 いいえ。ぼくにはなーんも聞こえません。もし聞こえたとしたら、そんな気がするということだろうと思います。それは自分の心の声に過ぎません。

 結局のところ、自他ともにみつめることが必要なんだろうと思います。

 その感覚が開いていれば、自分の心の声も、他の声も聞こえるのかな。そのうち神の声も聞こえるのかな。

 修行や鍛錬、技術の積み重ねは、自他を見つめることで初めて意味を持つものだろうと思います。

 暑いけん、まぁ、ほどほどに(心の声)。

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ただそのままを活かして、生きること

 人間って、日常、なんでもかんでも、良いか悪いかで多くのものごとを判断している。そうするもんだって思ってる。ぼくもそうだった。

 そもそも良いか悪いかっていう、この「善悪」ってなんだろう。

 小さな子どもの頃から、叱られたり、諭されたりしてきた。たまにほめられたりもして。そうやって叩き込まれてきた精神論だったりする。

 これって、時代の違いもあるだろうし、集団や地域、大まかなところは法律として国が作っているものなんだなって、薄々わかってきた。

 つまり社会や習慣が違うと、善悪も違ってくる。

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 ふと考えた。自然に善悪はあるのだろうかと。

 食べるために殺す。オス同士でケンカする。ただ生きるためであって、そこに善悪はない。

 人間の場合は、殺したらイケナイ。ケンカもダメよ〜。ダメダメ。肉や魚は食べるけどね。

 そこへ優劣なんかも加わって、出来のいい方がいい。一方で出来が悪いからダメとか。ラベルを貼って、結局社会が人を殺してる。

 もともと善悪って、社会の中でより多くの人を活かすための生きる智慧だったんだと思う。そして、社会の中でも殺し合いをしないため、生かし合うために宗教や思想が生まれたんだと思う。

 本当は殺そうが、ケンカしようが、行為そのものは、善でも悪でもない。

 それぞれが相手のことを尊重する目を持った、それぞれのセンスを活かして生きる。あとで、良かったな。悪かったなって思えばいい。最初にイイダワルイダって考えなくてもいいんじゃないの。

 そうだな。最初にイイダワルイダを決めちゃった方が、相手のことも自分のことも深く考えなくて済むんだな。

 「こうしなさい。」「ハイ!」

 お兄ちゃんなんだから。男だから。見た目が怖いから。こんなことをする人だから。そうやってキメツケル。

 人を見た目で判断してはイケマセンよ。(←これも常套句)

 ただそれぞれが、そのままで生きればいい。

 それでいいのだー。(←慣用句)

 写真は現在の鳥取砂丘、休憩舎付近。時折雨がぽつりぽつり。でも保育園らしい集団が歩いてどっか行ったよー。

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眼は愚痴ほどにモノを言う

 中学校に入学するまでは視力は良かった。遠くまでよく見えていたし、前もってこっそり「右、右、左、下」と暗記しなくても、視力表の下まで見えた。

 12歳のある日突然症状に気付いたのは、夜空の月を見たとき。

「ああ、なんだか、今日は月が二つあるなあ。こんな日もあるんだなあ。」

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 視力はまだ良かった。最初に乱視が始まった。もしかしたら、天体の奇跡かなんかのように、くっきり月が二重に見えたのだった。

 星は、というと、みんな二つずつだ。急に2倍に増えた。なかなかお得である。

 その後、順調に視力も低下していった。学校の視力検査で「要眼鏡」と書かれた。ゲームがない時代。たぶんプラモデルに化けていたはずのお金がセルロイドのメガネに化けた。

 上の方が黒で、下が透明という、セルロイドのインテリメガネだった。昭和47年(1972年)当時は、あまり種類を選べなかったと思う。

 メガネを付けた最初のうちは、世界が歪んで見えて、頭がぐらんぐらんしていたが、視力を取り戻した嬉しさは何ものにも代えがたい。見えることがシアワセってこのことだわーっと誰にも共感されない一人だけの喜びに浸っていた。

 このメガネを高校1年くらいまで付けていたと思う。文化祭でギターを弾いていた写真のぼくがそのメガネだったから、確かだ。今では化石のようなチューリップハットを被っているその写真は永遠にお蔵入りだ。

 その後数年で、フレームが全部真っ黒のメガネ、銀色の薄いフレームのメガネ、ラピードという、少し色のついたメガネと記憶にあるだけでも、3つくらい替えているから、どんどん視力は落ちていたんだろう。

 高校を卒業してから数年はハードコンタクトレンズとメガネを併用した。昭和59年(1984年)にバイクに乗り始めると、意外とゴーグルやヘルメットの中で風が起こるのに恐れをなして、メガネ生活に戻ってしまった。

 その時期をはっきりとは覚えていないので、完全にメガネに戻ったのを仮に1987年だとすると30年が経過したことになる。

 今は、バリバリの三重奏だ。乱視、近視、老眼。ずらして見たり、パソコン専用のメガネがあったり、本を読むときはメガネを外して、10センチくらいの距離で読む。世の中に新聞の活字より小さい文字があることが非常事態である。最近、困っているのが、五線紙が読めないのだ。いや、困っていないふりはできる。楽譜を覚えればいい。それでだいたい乗り切ってきた。あとは神田川。いや、燗だ。違う、勘だ。返還が出てこなかった。

 町を歩いていても、すれ違う人の顔が実は見えない。凝視して、目を細めれば見える。でもそんなことをしたら、一発で不審者になる。

 メガネを外して夜景を見ると、この上なく、美しい。あらゆる光がにじんで見える。

 とりあえず、眼をいたわりましょうと言いながら、夜中にパソコンに向かって文章を書いている。

 とりあえず2、ここまで書いて、寝る。

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スアライのススメ

 洗濯物は、洗剤で“洗濯機様”が洗いますし、油ものの食器類は、食器用洗剤を使います。シャンプーで頭を洗い、手や足や、あっちやこっちや石鹸で洗います。

 まあ、こうしてみると、日常いろいろと洗剤を使う機会がたくさんあります。

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 ここは、漁場、港のある村です。20年かもうちょっと前だと思いますが、下水が整備されていなかった頃は、当然そうなりますが、だいたいいつも川が泡立っていました。当時「カワシリ」って呼んでいましたが、港を少し外れた川が海に流れる一番「シリ」のところは、だいたい臭かったですね。今はアニメfree!が人気で、この田後に、よく若い人も訪れて来てくれますが、だいたい今景色のいい、行きそうなところは臭かった。今はもちろん、キレイですし、臭くないです。ご安心ください。

 生活排水ばかりじゃなくて、魚を扱いますから、どうしてもその後始末したものも多少は川に流れるわけです。地元の人はよくわかっているから、コンポストもあるし、ゴミは捨てないんだけど、カワシリには、どうしてもそういう淀みが生まれていたわけです。

 当時からの習慣として、だいたい「素洗い」で済ませられるものはそうします。つまり、洗剤を使わない。

 お茶や水を飲むコップ、カップ。ビールを飲むグラス。油を使っていない食器類は水で洗う。スポンジや食器洗い用のレーヨン素材の布とかは使います。

 水を張った食器だらいにどぼんと漬けておいて、スポンジでシャカシャカ、レーヨンでキュッキュッ、キレイな水でざっとすすいで、ふせておいて、タオルかなんかで拭いてオワリ。

 日常、意外と食器用洗剤は使わない。油ものとそれ以外のものは一緒にしないし、だいたい、飲みもの系は使ったら、すぐ洗います。

 テーブルを拭く布巾なんかもだいたい素洗いですね。仕上げ拭きの乾いたキレイな布巾を別に用意しているので、テーブル拭きの布巾は拭いては水で洗い、水で洗っては拭き、・・・って、なんか当然の当たり前のコンコンチキのことを書いているような気分なんですけど、本当のところはどうなんだろう。

 スアライ、してますか。

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