できないこと、無限大。

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 「可能性は無限大です。」というキャッチコピーを時々見かけませんか。「可能性はあるんだ。」ということを常に確かめたい。そう思いたい。それが人間の心理なのでしょう。ぼくもそうなのかなーって、思っていました。がんばったらできる。負けなければいい。できてる(ように見える)人を見て、あんなふうになりたい。根性だ。努力だと。

 もちろん、根性や努力を否定はしません。根性や努力が必要な場面もきっとあります。でも、その場面が日常だと疲れるでしょう。

 実際には、「できないこと、無限大。」なんだと思います。それは不公平でも、不平等でもなく、どんな人でも、できないことが無限にあって、それが現実です。確かに、できていることに差はあります。それが不公平、不平等に見える気はしますが、そう見えるだけなんだと、ぼくは思います。

 何をやるか、がんばるか。ではないんだということに、ようやく気づいた気がします。

 必要なのは、意味を知ること。自分を知ること、見つめることなのだろうと思います。疲れたら、休めばいい。できないことは、もともとたくさんあるのだから、気にしなくていい。何もしない、ゼロが常に基準にあって、それが見えているのなら、ゼロのままでもいいし、たった一つできることがあるのなら、それを無理にプラスにしなくていい。意味を知れば、結果的にプラスになるだけ。

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「できないこと、無限大。」への2件のフィードバック

  1. こんにちは。また、コメントさせて頂きます。
    「必要なのは、意味を知ること。自分を知ること、見つめることなのだろうと」。そう考えられるのは、今までにたくさんの努力をされてきたという事だと思いますよ。何事かを知るためには、それを理解するためのベースが必要だと思います。それがなくては、「知る」ことは出来ないのではないでしょうか。

    1. ありがとうございます。なかなか、こうした意識につながるようになったのも、最近のような気がします。精進します。

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